NOVEL

踏み台の女 Vol.1 ~アユミの気持ち~


 

ニガテなハイスぺイケメン社員からお気に入りの香水を褒めれられた美人派遣OL。

その後彼女がとった行動とは?

 


 

 

 

 

「よし」

 

 アユミは毛先の向きを整えながら、鏡の中の自分と目を合わせた。

 やりすぎないようにコテでくるくるとゆるやかに巻いたベージュの髪。一昨日美容院へ行ったばかりで、見るからに艶やかだ。

 

「いい感じ」

 

 満足げに頷きながら、これまた一昨日まつげパーマを当てたばかりのまつ毛の上向き加減を確かめる。

 昨日は美容院とまつげパーマ、ネイルの予約で休みが終わった。

 最後のネイルサロンではしごしていることを話すと、担当のネイリストが

「もうすぐクリスマスですもんね、うちも12月は予約でいっぱいですよ」

と笑っていた。

 

 今日は会社の先輩、神尾と打ち合わせがあるのだ。いつもより支度が入念になってしまう。

 

 アユミは最後に香水棚の前で少し手を迷わせ、ジョーマローンのピオニー&ブラッシュスエードの香水を手に取った。

爽やかだが、甘くて女性らしい香り。

前にこれをつけていたら、打ち合わせが終わったあと、すれ違いざまの神尾に「今日の打ち合わせ中ずっと道野さんの方からいい香りがして、気になっちゃったよ」と言われたのだ。

 こっそりと、他の人には聞こえないほどの声で囁かれ、にこりと笑った目が合った時、アユミの心は、飛ぶように踊った。

 

 それ以来、神尾と接点のある日には、必ずこの香水をつけるようにしている。

軽く手首に振って香りを馴染ませると、あの時の神尾の声が思い出され、一層自分の女の部分が引き立ったような心持ちになり、自信が持てる。

 

 

アユミの勤める会社は、小さいが名古屋では勢いのあるベンチャー企業だ。社内コミュニケーションを活性化させるツールを開発している。大手企業から要望を聞き取り、完全オーダーメイドのシステムツールを提案しているのだが、内容の充実性はもちろんシステムのデザイン性、融通性も高く実際に導入した企業からの評判は上々のようで、業績は伸びる一方。

 

 アユミはそんな会社の営業部で2年前から派遣社員として働いているが、業績の良い月には社長自ら派遣社員にも羽振り良く奢ってくれたりする。社内コミュニケーション円滑システムを商品として売りにしているのだから、それを提供する我々がまず仲良くやっていこうというのが社長のモットーらしい。

 

 この会社に就業する以前は大手企業でしか働いたことのなかったアユミは、役職のある偉い人や社員に気を使うだけの飲み会が増えるのは少々面倒くさいと思わないでもなかったが、しかし、勤め始めてすぐ、風土の違いに驚いた。

 

 まず、全く持って偉ぶる人間というのがいない。

 社長は名古屋大学出身であるし、社員も国立大学はじめ誰もが聞いたことのある私大出身者が多いが、その学歴や頭の良さを自慢されたことは一度もなかった。

 

 また、仕事は早く勘の良い人ばかりだからか、アユミに対する指示も常に明確で分かりやすい。そのうえで、派遣社員にもチャンスを与えてくれる自由な風土が整っており、新規案件の際には打ち合わせに参加したりもするし、軽んじられることなく発言や提案も許されている。

 

 日本を代表する企業で派遣社員として働いた時は分をわきまえ、余計な発言をせず代替可能の駒のように働かねばならなかったことと比べると、なんて働きやすくやりがいのある職場だろうとアユミは感動すらした。

 

 さらに気に入ったのが、男女ともに感度の高い人間が多いことだった。

 前職では、なんとなく場にそぐう地味な服装や雰囲気が求められた。派手な色の服を着ていくと、そのフロアのお局さまに「そんな明るい色の服、会社に着てきた事ないわぁ」などと嫌味とも取れる発言を一日中我慢せねばならなかった。

 

それが、今の会社では内勤者は特に個性のオンパレード。雑誌よりも会社に行く方が早くハイブランドの最新作を知ることだってある。

 

アユミはそんな中では地味な方だが、元より清楚な顔立ちとバランスの良い体型は何を着ても似合うから、出来るだけ質の良いものを品よく女性らしく着るように心掛けていた。

その方が、神尾のような清潔感のある男に気に入られるだろうという計算もあった。

 

髪はいつもゆるやかに巻き、タイトのスカートにブラウスや細身のニットを合わせる。そして必ずヒールを履く。身長155センチのアユミは決して背が高いとは言えないが、7センチのヒールを履いて名古屋駅を歩けば、大抵の男性はすれ違いざまに必ずアユミをじっと見つめた。

 

そんなアユミが神尾に惹かれたのは、就業してすぐのことだ。

比較的年齢層は若い会社だが、その中でも神尾は目立っていた。

 

180センチ近い長身の細身。小さい頭に天然らしいパーマが少し伸びた髪を、後ろへ撫でつけるように固めている。暑い夏の日や、雨の日にはその髪がひと房額に落ちていたりするのが、たまらなく男の色気を感じさせる。そして何より、誰からも好かれる爽やかな顔立ち。その辺の俳優よりスタイルも顔立ちも整っているのだ。

 

アユミは、惹かれながらもはじめは神尾に苦手意識を持っていた。

イケメンで頭もよく、愛想もいい神尾に得体のしれないうさん臭さを感じて、一定の距離感を保ちながら接していた。同じ営業部ではあったが、担当が違うため月に1回の部内ミーティングでしか接点がないといえばなかった。

 

今思えば、人生で出会ったことのない非の打ち所がない人間にアユミが勝手に警戒心を持っただけなのだが、同時に、ライバル多数で勝ち目のないイケメンに本気で恋をするのを恐れただけとも言える。

 

とにかく、アユミは慎重に神尾に対して接していたのに、あの香水を褒められた日から、もうどうしようもなく神尾のことばかり考えているのだった。

 

 

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