NOVEL

Insomnia Memories vol.10~ダンサー志望のヒロインが挑む大オーディション、狭き門を彼女は自分で扉を押し開くことができるのか?~

前回: Insomnia Memories vol.9~新たな”心臓”を手に入れた青年、普通に生きろとは何か?彼の本当の”夢”とは?~

はじめから読む:Insomnia Memories vol.1~ダンサー志望の家出娘、ひょんなことから家から追い出されて辿り着いた真夜中の公園、一人踊る彼女の前に現れた謎の男とは?~

 

 

『第27回 名古屋ダンスコンペティション』

太陽が昇り、私は両手で頬を強く叩き気合を入れ直す。

既に準備室ではレッスン着を着た、狭き門に選ばれたいライバルたちが各々精神を集中させたり、入念なストレッチを行っている。

私も荷物を置きワイヤレスイヤホンを耳につけると、リズミカルな曲を鳴らしルーティーン通りにストレッチを行う。ひとしきり汗をかくと課題曲であるK-POPの一曲で軽く身体を慣らし、自由課題曲として決めた一曲を頭の中でイメージしながらゆっくりと身体を滑らかに動かしていく。

 

「ねえ、そのまま踊り続けてほしいよ、蘭」

いつか照にいに言われた言葉。

「ねえ、君はなぜこの踊りをやろうと思ったの?」

真夜中の公園で、ぼんやり問われたあの人からの言葉。

 

「エントリーNo.185番!」

番号を呼ばれた私は「はい」と立ち上がりオーディション室へゆっくり頭を下げ入室していく。そして静かに重い錆びた扉は閉まった。

 

課題曲を終え、一息ついた私。目の前には私の資料になんとなく目を通している4人ほどの男女が机を挟んで座っていた。

「はい、では章魚さん、次は自由課題曲をお願いします」

私は予めスタッフさんにCDを手渡しておいた。

「自由課題曲の曲名は…ドビュッシーの…アラベスク…クラシックですか?」

「はい、コンテンポラリーで踊りたいと思います」

4人中3人は、はぁ?という怪訝な顔をする。でも残り1人は何やら面白そうな表情を浮かべた気がした。

私はすっと一息吸うと神経を集中する。

 

今まで家族に必要とされず恥と言われ、兄とも死に別れ、自暴自棄で続けたダンス。

でもたったひとつダンスだけが私を救ってくれた。そしてあの人と出会わせてくれた。

彼と出会ったことは、きっと偶然じゃない。あれはきっと…照にいが眠れない私たちのために用意してくれた運命だったのかもしれない。

 

私の全てを込める。この曲はバレエとしても利用されている。揺蕩(たゆた)う風、水、そして美しさを丹念にゆっくりと現すことができたら…。

 

踊り終えた私は「ありがとうございました」と礼を述べ、退室しようとした。

すると先程面白げに私を見つめていた男性からこう声を掛けられた。

「この曲を踊る君は、課題曲とは違った感情が溢れていたように見えた。この曲は自分のために踊ったの?」

私は考えて、ほんの少しだけ微笑んでこう答えた

「いいえ、はじめて大切な人たちのことを思いながら、それだけを心に宿して踊りました」

「…そうか、ありがとう」

そして私のオーディションは終わった。

 

 

あー、あんなことを聞かれるなんて。普通は自分のパッションや自己表現のためのダンスだと散々スクールでも言われてきたのに。流れる汗をタオルで拭いスポーツドリンクを口にする。結果もきっとついてはこないだろうなぁ、いつもみたいに。

よっとナイキのダンスシューズを脱ぐと、足の豆から血が出ていた。あんなに気持ちを組み込んで踊れたのは初めてだった。いや、あの時以来、真夜中に裸足で泣きながら公園で「月の光」を踊って以来。

ねえ、私、少しは前に進めているかな?

 

数時間後、選考結果が壁に張り出される。一気に並んだ番号を私たちは食い入るような目で探し続ける。

 

「No.185」

番号があった!今まで落ち続けていた自分の名前が確かに!くしゃくしゃになったエントリー用紙を何度も見つめた。

このオーディションに受かることでプロダンサーへの道が少し近づき、様々な名古屋の舞台やダンスステージへのチャンスも広がる。

周りは泣き出す子、悔しげに唇を噛み締めながら出口へ走り出す子、反応は様々だった。

私は呆然としながら事務所で合格の手続きとこれからの予定を聞き、きちんと書類に捺印する。

私は、ダンサーになれる。

 

空はもう夕暮れに染まっている

「やっぱり君は受かったんだね」

後ろから声を掛けられる。先程の審査員の男性だった。

「選曲もさることながら、技術と気持ちに僕たちは恐ろしく引っ張られたんだ。皆、ヒップホップなど今の流行りを追うのにね」

思わず瞳が潤む。

「泣くところじゃないぞ、これからなんだ。今からもっと全身から血が吹き出すほど努力しないと突き落とされる世界だぞ。それでも君はやりたいかい?」

「やりたいです!踊りたいです!」

私は地面にゆっくりと影を伸ばしながら、全力で震えるほどの声で叫んだ。

「その気持ちを決して忘れないように…お疲れ様」

ぐっと頭を深々と下げる。そしてこの思いを伝えたい彼の顔を思い浮かべた。

カバンに大切に入れたお守りみたいな手紙、この内容を彼にも伝えなきゃ。