NOVEL

Insomnia Memories vol.9~新たな”心臓”を手に入れた青年、普通に生きろとは何か?彼の本当の”夢”とは?~

前回: Insomnia Memories vol.8~”心臓”が繋ぐ二つの家族、そしてヒロインが亡き兄の遺した手紙で見つけた言葉とは?~

はじめから読む:Insomnia Memories vol.1~ダンサー志望の家出娘、ひょんなことから家から追い出されて辿り着いた真夜中の公園、一人踊る彼女の前に現れた謎の男とは?~

 

 

にんげんって、何でできているんだろう?

目と肌と口と鼻と、そして手と指と…肺と、心臓。

でも僕の心臓は、生まれた時から有ってないものだった。

母親は幼い頃から、僕をぎゅっと抱きしめて

「心臓が弱い身体に産んで、本当にごめんね」

とぽろぽろと涙を流していた。

幼い頃から、走ってはいけなくて、息が苦しくて、流行り病に異常に敏感で、ずっと真っ白い病院の個室に一人きりだった。時折、ひどい発作が起こって何度も緊急手術が行われた。苦しくて「大丈夫だぞ!時生!」なんて言う馴染みのお医者さんの声が耳鳴りみたいに聞こえて、麻酔のマスクを被せられると僕は宇宙の真ん中に放り出されたみたいに、ひとりぼっちで暗くて、こわくって。

 

 

「…かなり心臓が弱っています…このま…では…ながくは…」

「お金…いくらでも払…ます、どうか…命だけは…ドナーはまだ…からないのですか?!」

ぼんやりとした頭に聞こえてくる医者と父の声。

僕はやはり子供のままで死ぬのか….?

「死ぬ」ってどういうことかよく分からない。同じ様な病気で入院していた子たちは院内学校で年齢に関係なく一緒だったけれど結局皆、いなくなってしまって残ったのは僕一人。

そんな時に、若いかかりつけ医が僕に万年筆をくれた。きっと悩める青年に見えたんだろう、溜まっているものがあると思ったんだろう、吐き出せと言ってくれた。

大当たりだよ。

 

ドナーが現れたと大騒ぎになった夜、僕は廊下ごしに中学生ぐらいの青白い顔をした少女を見かけた。彼女はとても怯えていて、沢山流したであろう涙の跡が頬に見える。目が合った。僕は何か伝えたくても言葉が出てこない。目線に気づいたのか父親らしき男性に肩を抱かれ逃げるように足早に去っていった。

彼女に僕は何を言いたかったんだろう、そんなことを思っていたら手術が終わっていた。

 

暖かな日差し。だけど僕は感染症と、心臓は適合するも合併症がいつ起きるか分からないので無菌室に3週間ほどいることになる。ドナーの心臓は年齢も近く血液型も同じというピースがぴたりと重なりあうように見事に適合した。

僕は胸に大きな傷を残しつつも、長年過ごした大学病院を両親と後にした。

息も苦しくなく、食事制限も少しずつ減り、薬は飲み続けなければいけないがやっと陽の下に出られた。

 

外から聞こえる人々の声、ふわりと感じる木々と風の香り、空を流れていく雲の速さ。全てが新鮮で、全身の皮膚がびりびりと痺れるほどで自分でも戸惑う。

自宅に戻ると、僕の部屋は幼い頃から何も変わらず子供部屋のままだった。思わず笑ってしまう。