NOVEL

【新連載スタート】noblesse oblige vol.1~いつもの夕暮れに~

沙耶香はもともと関西出身。

神戸の女子大から就職で東京へ出たのだが、支社へ配属されてここにいる。

野中だって似たようなものだろう。

人のことをとやかく言えたものではない。

 

(とりあえず、やっちゃおう)

時計を見ると、まだ4時過ぎ。

定時までには出来そうだ。

キーボードをたたき始めた指先で、キラリとスワロが光った。

 

シーン2 瑞穂の場合

 

「瑞穂ちゃん、そろそろ考えないと」

母の声を聞き流しながら、ネコのルイを撫でて過ごしていた夕暮れどき。

いつもと変わりない、はずだった。

次の発言を聞くまでは。

「でね、決めたの。今度の日曜日、お見合いだから」

「え、ママ。何それ、横暴!」

慌てて顔をあげると、母の真剣な、少し冷ややかな視線とぶつかった。

「だめよ。本当に、そろそろ考えないと!」

この後に続く言葉は耳を塞いでも分かっている。

「瑞穂ちゃん、あなた、いくつになったのかしら?」

 

こう言われると一言もない。

「パパに泣きついたってだめよ。パパのお知り合いの方ですから」

先手を打たれたとはこのことだ。

いつもなら「まだいいじゃないか」とかばってくれるはずの父も敵か。

 

瑞穂はルイを抱えて寝転んだ。

「どこで?」

「いつもの料亭よ」

「あのお店、お見合いもするの?」

「ママ、あのお店のお料理が一番好きなの」

質問に答えず、にっこり笑顔を作る母。

いかにも名古屋女。

娘の一大事に、自分のご飯ですか。

まぁ、一大事とも思っていないのだろうけど。

「何着ていくの?振袖?」

ため息をつくように瑞穂が聞くと、母もため息をつきながら答える。

「もちろん、おばあさまに作っていただいたお振袖が良いのだけれど。あなた、いくつだったかしらねぇ?」

「あら、振袖は未婚の女性の正装でしょう?」

瑞穂も負けじと言い返す。

「そうね。じゃあ、いつものサロンに予約入れておきます」

「お願いね」

お互いに引くに引けない、とはこのことか。

窓から差し込む西日がやけに赤く見える。

 

(この暑いのに・・)