NOVEL

彼女がいても関係ない vol.9 ~佐智子への憎しみ~

「おや、三村さんはどうしたのかな?姿を見ないね」

三村佐智子の姿が見えないことに気づいた石井が尋ねる。

 

「あ、はい。桐生さんに呼ばれているようです」

「あぁ、ジュニアか。ま、仕方ないね」

そう言うと上座の来賓客に挨拶するために席を立つ。

 

この後、社長の息子である桐生泰孝が代表取締役営業部長就任の挨拶をすることになっている。三村はどうやら何か業務があるらしく、朝から姿が見えなかった。

 

 

●思いがけない知らせ

「それ本当!?」

化粧室で声をあげたのは営業部の川崎乃亜だった。

「確かな話らしいわ。部長が昨日、話していたから」

相手は総務部の同期の松本陽子だった。二人は軽く化粧を直しながら、言葉を交わしていた。

 

「・・・」

険しい顔をして鏡を見つめる乃亜を見て、陽子が釘を指した。

「まだ誰にも言っちゃ駄目よ。オフレコなんだから」

「・・わかっているわ」

そう答えると乃亜はルージュを引き直して腰を上げる。

 

「さ、戻らないと。お先に」

陽子の言葉を待たず、乃亜はホールへと戻って行った。

 

「お帰りなさい」

席ではミウミウのサテンドレスを纏った宮本百合子が来賓客の相手を終えて、戻っていた。

同じテーブルには黒いワンピース姿の山村礼子も座っている。襟元と袖口にジョーゼットをあしらったシルクのブラック・ワンピース。桐生との会食の日に身につけていたものだ。

 

礼子は視線をあげただけで言葉を発することはなかった。

乃亜も百合子もそんな礼子に見向きもせず、声を潜めて会話を始める。

 

名簿の一件以来、礼子への気遣いは無くなっている。

 

「さっき、総務の子に聞いたんですけれど」

乃亜が百合子に耳打ちする。

「桐生さん、今日婚約発表するらしいです」

「え、そうなの?相手は?」

百合子が驚いた様に顔を向ける。

 

「・・それが、どうやら三村さんじゃないかって」

「え!?本当に?」

 

三村の名前に反応して礼子の手が止まる。

(・・冗談じゃないわ)