NOVEL

錦の花屋『ラナンキュラス』Vol.6 ~昔の自分~

 

「ゆっくりして行って下さい。此処では…誰も知らない他人同士ですから」

 

なんとなく出た言葉だが、そこに突き放す気持ちは一切ない。知人に見られたくない何かがあり、でも一人で抱えきれずにいる時、人は自分を知らない他人に拠り所を求めてしまいたくなるものだ。

お節介を焼く気にはなれないが、満足するまで居られる場所にはなりたいと、佐伯は思っていた。

 

小さな店内には、鼻を啜る音が響いていた。

 

それから、10分ほどたった時に、リナが「遅くなってごめんなさい!」と店内に駆け込んできた。

佐伯は、ニッコリと迎え入れる。

 

「忙しかったんですか?」

「ええ。ドタキャンした子がいて…女の子が足りなくて…」

 

客がいる事に気付かずに会話をしていたが、リナも鼻を啜る音で気付いたようで、

『あ、ごめん…』と小声になる。

 

「いいえ。今日は、リューココリネにしました。香りがよくて長持ちする花です。」

「へぇ…可愛い…。でも名前、覚えられないわよ!」

「生花の香りって、季節を感じさせてくれるし、心を安らかにしてくれますからね。」

「なんか、それって、私が毛羽立ってるって聞こえるんですけど…」

 

佐伯はとぼけた表情を浮かべて、笑った。

 

誰にでも、泣きはらしたいくらいに辛い事はあるだろう。そういう時に、傍に花を置いて欲しい。

そんな気持ちを込めてこの【ラナンキュラス】を開いたのだ。

 

だから…

 

佐伯は、泣いている女性客に向けてもこの言葉を紡いだ。