NOVEL

悪女 ~ Movement of the mouth ~ vol.9

莉子の心臓が暴走したように、鼓動が激しくなっていく。

 

来てくれた…。

タクシーが走り去るのを見送ってから、莉子は自ら昭人の広い胸に手を伸ばし、昭人もそれに答えるように華奢な莉子の身体を引き寄せた。

 

「ズルいなぁ…。」

 

昭人が莉子の耳元で囁く。

左手で、頭を優しく包む。

 

気持ちがいい…。 

 

大きな手から伝わってくる温もり。もっと、強引に引き寄せて欲しい。

 

逞しく張りのある昭人の胸に、赤を基調とした3Dネイルの指先を這わせた。昭人の吐息が耳元から、頬へ移動し、ゆっくりとだが確実に、莉子の唇に近づいてくる。

待てない。

強引に奪い取って欲しい!!

 

でも…見たい。

その綺麗な口元が、淫らに開く瞬間を!!

 

莉子は誰とキスをする時にも、必ず目を閉じるようにしていた。生理的に受け付けられないと感じてしまったら、全てが終わってしまうから。

 

でも今は、そうは思わなかった。

しっかりと見定めて、溺れたい。

 

いや、私を本当の意味で、身も心も全て落として欲しい。

そして、貴方も落ちてきて!

 

昭人の潤った形の良い薄い唇が、ゆっくりと開くのを見つめながら、莉子も唇を開く。

 

まさに、至福の瞬間だった。

 

優しさなんて求めないから、貪りついて欲しい。

莉子から誘うように、舌を招き入れる。

 

歯止めなんて利かなかった。

 

どちらからともなく、ゆっくりと唇を離した瞬間、名残惜しさを感じた。

「泊って…行って、ください。」

息が上がっている。莉子は、昭人の唇に向かって問いかけた。

 

昭人の唇は、莉子のグロスで淫らに光った。

 

 

「今日は、帰るよ。」

「え…?」