NOVEL

悪女 ~ Movement of the mouth ~ vol.9

悪女が、ただの女になった瞬間!!

今まで、簡単に超えたきたその一線への戸惑い。

重ねた唇の先へ…莉子は変化を求めた。天然悪女は、落ちたのか?それとも、落とされたのか…? 

 


前回:悪女 ~ Movement of the mouth ~ vol.8

 

昭人から夕食に誘われるようなった。

個室の部屋を予約し、帰りには洒落たBARに立ち寄ってから、タクシーで家まで送ってくれる。

仕事の話は一切せずに、昭人が好きな車の話や、唯一の趣味である釣りの話等、見た目とはちょっと違った一面を見て、莉子は微笑んでいた。

 

元アナウンサーだからなのか、話の展開力にも長けているし、飽きさせない会話は楽しかった。

莉子は、昭人の口元を見ていられるだけで幸福感を覚えた。肉体的に与えられるエクスタシーよりも、ある意味刺激の強い欲を感じる。

 

昭人とのディナーも回数を重ねていけば、その距離は近くなる。そう願って、仕掛けていっても、昭人は左口元を少し上げるだけで、自分から手を出そうとはしない。

そして、互いの暗黙の了解のように、『小枝子』という名前だけは、会話に上がらなかった。

 

昭人と会うときは、ネイルデザインを自分の好みなテイストに変えていく。

服装も、トレンドよりも、気に入って購入したが、タイミングがなく着ていなかった服を選んだ。

昭人は莉子がこだわったファッションを褒め、アクセサリーのブランドまで言い当ててくる。

 

―女慣れしている…―

 

そんな、当たり前のことにさえ、ジェラシーを覚える。

莉子は、遅咲きの女子モードに酔いしれていた。

 

「じゃあ。また…」

 

タクシーで先に莉子を下ろし、笑顔で手を振る昭人を恋しく思う。

『泊って行かない…?』

そう告げたら、どう変わるのだろうか?

 

まだ、ギリギリの一線を踏み外してはいない関係の二人。

もし、肉体関係を持ってしまったら、また何かが変わるのかもしれない。

 

―変化が欲しい。―

 

恋しそうな視線を昭人に送っている自分を自覚して、莉子は唇をぷっくりと少しだけ突き出した。

 

『お願い、行かないで…』

 

こんな感情を持ちながら、この表情をするのも初めてだった。今までの莉子からしたら、これは男を制する武器であり、餌付けの餌だった。

でも今は明らかに違う。

 

昭人も、莉子から視線を逸らさなかった。

「すみません。僕もここで降ります。」

昭人はタクシー運転手にそう告げると、胸ポケットからVUITTONの財布を取り出し、万札を一枚出して「お釣りはいいです」と告げ車を降りた。