NOVEL

悪女 ~ Movement of the mouth ~ vol.8

36歳独身。高層マンションに住むネイルアーティスト。天然悪女と称された、莉子。

人生初『恋』の駆け引きに選んだのは、友人の完璧すぎる夫、遊川昭人だった。

ファーストステージの行方は?

 


前回:悪女 ~ Movement of the mouth ~ vol.7

 

興味のない男を落とすのは簡単で、欲しいだけの男を吊り上げるにはそれなりの餌を撒く。

じゃあ、『恋』した男を振り向かせるには?

 

莉子は昭人の向かいに座って、起業に向けたビジネス的展望の話を訪ねた。昭人のiPadで流れている資料を見るように、顔を寄せる。難なくやれていた事に、動悸を感じ、束縛されるような感覚がある。

ほのかに香るのは、GUCCIの『ブラックギルティオム』だろう。出来る男のトレンドを掴んでいる。

 

画面をタッチする指の動きも上品で、パーティの時はナイフとフォークだったが、きっと箸の持ち方も綺麗だろう。

 

―あ…やっぱり、指輪をしていない。―

 

そんな事ばかりが気になって、また彼が響かせる音が心地よくて、その内容に意識が行かない。

そもそも、莉子は起業したいとは思ってはいないのだ。誰かを雇ってやるような仕事だとも思っていないし、税金対策とは無縁の生活を送っている。

 

それなりに裕福。

でも、いちいち確定申告を気にするような仕事量は取らない。

それは、昭人も解っているのだろう。

 

「でも、莉子さんのようなビジネススタイルの場合は、特に法人にする必要はないかもしれないですよね。…というか、する気あります?」

 

莉子は伏せていた視線を、ゆっくりと上げ、そう話す昭人の口の動きだけを見てから、視線を絡ませた。

 

「どうかなぁ…。するなら、どういう感じなのか知りたかったんです。」

 

左の口元を確認する。

上がらない。

まさか、しくじったのか?莉子は、とっさに昭人の視線を探った。

 

目が優しく微笑んでいた。

―何?…一体何を考えているの?―

 

「知りたいと思う、探索心は大切ですよね。僕もそうです。」

 

綺麗に唇が動いて、滑らかに口元の筋肉がそれをサポートしているのに、個性が見えない。

心の奥底が見えてこない。

 

―なんで…―

 

「解らないから、興味が湧いて、探ってみたくて、手に入れたくなる。莉子さんってそういうタイプですよね?解ってしまうものには、興味が湧かない。」

「え?」