NOVEL

踏み台の女 vol.10 ~真実~

神尾が会社を辞める!? 

ついに真実が明らかになる・・・

 


前回:踏み台の女 vol.9 ~ずれていく感覚~

 

 

神尾が会社を辞めて独立するという話が社内で広まったのは、寒さが多少和らいだ3月中旬の頃のことだった。

 

「神尾さんが会社辞めるって話本当ですか? 知ってました?」

 

相変わらず一目でブランドものと分かる派手なジャケットを肩から羽織りながらも、一心不乱にパソコンを叩いていた牧野に若手の女子社員が尋ねると、牧野は顔を上げた。

 

「そうねぇ、もう1年位前から辞める辞めるって聞いてたけど、ようやく算段がついたみたいね」

「算段って、ていうかそんな前から話出てたんですか? 全然知らなかった。アユミさん、知ってました?」

 

女子社員がアユミを呼び、振り向いて尋ねる。

 

「……全然。初耳です」

 

知らないと首を振ると、女子社員は目を見開き、大げさに声を上げた。

「えー、アユミさん、神尾さんと仲良さそうだったから知ってると思ってました」

「別に、仲良くないですよ」

 

サラリと答えて交わそうとするも、女子社員が食らいつく。

 

「でも、よく二人でコソコソ内緒話してませんでした? 怪しいって噂になってたんですよ。実際、どうだったんですか? デートはしてたんでしょ?」

「あー、それより来月から神尾の担当の割り振り、私のとこくるから、必然的にアシスタントのあなたたちの業務増えるのよね」

 

アユミが返答に詰まったのを察してか、牧野が話題を引き取ってくれた。

うっそぉ、と女子社員が顔をしかめる。

4月からの具体的な仕事の割り振りについて話し始めた二人の会話を聞きながら、アユミはパソコンの画面に目線を戻した。経費処理の続きに没頭するふりをする。

 

神尾は会社を辞めて独立する。牧野が言った「算段」というのは、資金のことだろう。リサの夫と何か事業を始めるらしい。

らしい、というのは、神尾から直接聞いたわけでなく、リサのSNSを通じて知った情報だからだ。

 

(神尾さん、会社辞めちゃうんだ……)

 

久屋の寿司屋へ行ったあとから、神尾とあれだけ頻繁にやり取りしていたラインが一切なくなった。会社で会えば挨拶はするものの、目が合うことも、意味なく微笑み合うこともなくなった。

アユミのラインは未読スルーされ続けている。まるでアユミの存在が神尾の中から丸ごと抜け落ちたような対応をされるようになったのだ。

 

一方でリサのSNSには神尾が頻繁に登場するようになり、つい先日の投稿では、

『主人の新しいビジネスパートナーと三人でお食事です』という内容を目にした。

リサとリサの夫、神尾の三人が高級そうなレストランで、シャンパンを傾け穏やかな微笑みを浮かべて写真に納まっていた。

 

リサはアユミの気持ちを知っているはずなのに、リサからもあれ以来連絡はないままだ。そのことがより一層アユミの気持ちを暗くさせている。

 

「それで牧野さん、さっき言ってた神尾さんの算段がついたってどういうことですか?」

 

業務の話が終わったのか、女子社員が牧野に尋ねた。