NOVEL

踏み台の女 vol.9 ~ずれていく感覚~

ついに待ちに待った土曜日。

アユミと神尾とリサたち夫婦との食事会。

だがアユミの予想とは裏腹にことは進んでいく・・・!?

 


前回:踏み台の女 vol.8 ~次のチャンス~

 

待ちに待った土曜日だったが、慣れない店と威圧感のあるリサの夫を前に、アユミはすっかり萎縮してしまった。

 

「本当に美味しいねぇ、ね、アユミ」

 

女同士で遊んでいる時には聞いたことのない猫なで声、目尻を下げて満面の笑みを絶やさないリサに、アユミは終始たじろぎながら、

 

「うん、本当に美味しい。こんな美味しいお寿司食べたことないよ」

 

と合わせた。確かに回らない寿司屋には今まで縁がなく、今まで自分が寿司だと思い食べていたものとは別の種類、何か別の次元の食べ物である……と思うほどに大将の握る寿司は美味しい。


だが、品よく食べねば……、ワインをこぼさぬようにせねば……、食べたあとに美味しさに感動したという表情を作らねば……、そして、リサの夫に不要な発言をせぬよう気を付けねば……、とありとあらゆる緊張が先に立って、純粋に美味しいものを美味しく味わうことができない。

その上、アユミはどうも昔からウニが苦手なのだが、それを言い出すことすらもできない雰囲気で、息を止めてウニを飲み込んだ時には、これは苦行かと思わず心の中で叫んでしまった。

 

というのも、カウンターに横並びに4人。どういうわけか、リサ夫婦を挟んで両側にアユミと神尾が離れて座る風になったのだ。

リサのご主人は当初神尾に対しビジネスライクな態度を取っていたが、寿司が一貫進むにつれ、男二人の間にざっくばらんな笑いが起きるようになっていた。緊張が解けないアユミとは裏腹に、神尾は完全に場の空気を掴んでいる。

 

「ねぇ、神尾さんってすごい感じのいい人ね。うちの旦那さんが初対面の人とこんなに笑ってるの初めて見た」

 

リサがアユミの耳元でそっと耳打ちする通り、酒も進んでいるからか、まるで二人は昔からの師弟関係のように盛り上がっている。

リサ越しに神尾を観察すると、アユミといる時とは違う、もっと爽やかで、もっとスマートで、もっと気配り上手であり話し上手、そして聞き上手な神尾がそこにいた。神尾が取引先と実際に接する場面はあまり見る機会がないが、これは営業モードなのだろうか。