NOVEL

踏み台の女 vol.10 ~真実~

「あぁ、資金と人脈を探してたみたいでね。半年くらい前かなぁ、神尾が珍しく二人で飲みたいって言うから何かと思ったら、誰かビジネスで手を組めそうな人を紹介してもらえないかって相談だったの」

 

牧野がアユミをチラリと見たが、アユミは耳だけ鋭敏にし、牧野の視線には気が付かないフリを続ける。

 

「それで、誰か紹介したんですか?」

「まぁ、ビジネス関係なく、面白そうなことやってる人集めて何人かと食事はしたかな」

「へぇ、牧野さんと神尾さん、そんなことしてたんですか。私たちも誘ってくれたらいいのに」

「いや~、結構ガツガツした世界だから、来ても普通の女の子には面白くないよ」

 

牧野はこだわりなく笑ったが、今は「普通の女の子」というその言葉さえアユミの自尊心を傷つける。

 

「でも、やっぱり投資までしてくれそうな人はなかなか見つからなくてね。それが最近ようやく資金調達の目途がついたって喜んでたわ。すっごいお金持ちの投資家。道野さんにお友達のご主人を紹介してもらったって聞いたけど」

 

牧野がアユミに話しかけた。

女子社員が「え!そうなんですか」と驚く一方、アユミは信じられない面持ちで牧野を見つめたが、牧野は涼しい顔をしている。今まで少し変人のキャリア女性というイメージしかなかった牧野が、今アユミの目には全く違うように映り、恐ろしくなった。

 

「別に紹介したつもりはなかったんですけど……。牧野さんこそ、神尾さんと親しいんですね」

 

アユミはこう言うのがやっとで、牧野が言葉を発する前にコーヒーを淹れにいくフリをして席を立った。本当は胃が痛んでコーヒーなんて飲む気分ではないが、今はその場にいたくなかった。今日はフリばかりしている。

神尾にとって自分は単なる駒だったのだろうか。

さっきの牧野の口ぶり……牧野と神尾の関係は、同僚以上のものだろうか。

 

コーヒードリップの前でぼんやりとしていると、ふと人影を感じた。

牧野だ。

 

「道野さん、今いい? さっき、イヤな言い方に聞こえちゃったかなと思って」

 

ごめんね、と本来さっぱりした性格の牧野らしい爽やかな謝罪に、アユミの心も落ち着きを取り戻し、わずかに微笑んで首を振った。

 

「いえ、……わざわざ追いかけてきてくれたんですか」

「まぁ、辞めていく神尾よりこれからも一緒に働く道野さんの方が大事だからね」

 

アユミが言葉に詰まると、それを見た牧野が悩まし気に眉根を寄せてから「ちょっと言いにくいことだけど」と前置きをして、話し始めた。

 

「神尾は見た目好青年だけど、結構腹黒くて。それが仕事にもうまく作用してるから、社長も他の営業も何も言わないけど、プライベートでは気を付けたほうがいいよ」

「……牧野さん、やっぱり神尾さんのこと詳しいんですね」

「成り行きでね。……前に部のみんなで飲み会行った時、道野さんが仲良い友達の写真を見せてくれたことあったじゃない?」

 

言われるまで忘れていたが、そんなこともあったかもしれない。確かリサの結婚式の直後で、とにかく芸能人のような豪華絢爛な式だったという話題が盛り上がり、みんなが写真を見たがったのだ。

 

「その写真見て、道野さんの友達の旦那さんが名古屋では結構有名な投資家だって気付いたみたいでね、いよいよ独立話を現実化するときに、なりふり構ってられなくなったんでしょうね。近づいて紹介してもらうって言ってたの」

「それって、ハナから神尾さんはそのつもりで……私は利用されたってことですか」