タワーマンションの住人の心の内側!
「わたしにはなにもない」平凡な女性の抱える苦しみとは?
『初めまして。12階に住んでいます、里香と言います。若菜さんから京子さんのことを聞いて、連絡させていただきました。』
里香から連絡がきたのは、1月の半ば。
お正月気分もちょうど静まってきたころだった。
――若菜さんが話したのね。
名古屋駅から徒歩数分。
京子は、駅前の喧騒をぬけた、閑静な場所に立つフレンチレストランにきていた。
ガラス張りの窓からみえるのは、名前のわからないたくさんの木々。
夏には新緑が伸びる美しいそれも、身の震える寒さに縮こまっていた。
食事を終え、会計を済ませると、寒さから逃れるように早歩きで駅へ向かう。
――里香さんも、何かに悩んでいるのね。
詳細は語られていなかったが、どうやら話を聞いてもらいたい、という連絡のようだ。
『この土日、どちらか空いておられますか。』
と予定を聞かれたので、そうだろう。
――家に帰って、ゆっくり返信することにしよう。
革製の手袋をはめた手をぎゅっと握りしめ、家路を急いだ。
「わあ!素敵なお部屋ですね!!景色きれい~。わたしの住む12階とは、やっぱり眺めが違いますね!」
土曜日は幸雄が外出をするというので、自宅に里香を招くことにした。
休日は、いつ人が来るかわからないラウンジで話すのも、気が気でない。
「ソファに座ってゆっくりしててね。紅茶でいい?」
「ありがとうございます!紅茶好きです。」
――元気のいい子だわ。
ダマンフレールのアールグレイティを淹れながら、里香の様子を盗み見る。
おそらく30代前半~半ばだろうが、年齢よりも若々しく見える。
骨格がいいのか、少しふっくらしているようなのも、彼女の親しみやすさを増しているのだろう。
今も最上階から見える景色を、さまざまな立ち位置から思う存分楽しんでいるようだった。
時折、「わー!きれーい」というような声もきこえてくる。
「用意ができましたよー。」
「はーい。」
幼い子供のように返事をし、ソファに座る。
「わあ!なんか、これぞ優雅な午後って感じですね。」
テーブルに出した紅茶とクッキーを見た里香が、うっとりする。