『お行儀よくしていなさい。』
『なんでほかの子みたいにできないの。』
ついついそんな言葉をかけてしまったことが、走馬灯のように思い起こされる。
誰に見られてもいいように、いつもきちんとしていてほしい。どこへ行っても恥ずかしくないように育てなければならない。他人に迷惑をかけないように…。
「えっ、どうしたの!?」
緊張の糸がほぐれたのか、急に涙がぶわっとあふれだした。右目から大きな涙がひとつ、こぼれ落ちる。思わず顔を手で抑える。
周りのお母さんたちは、一体何があったのかとこちらを見ている。
「ごめんなさい。うれしくて、つい…。」
一番近くにいたお母さんが、香織をだきしめる。香織は泣き笑いをする。
「っふふふ。人前で泣くなんて、何年ぶりだろう。」
恥ずかしくて、気まずくて、いたたまれなくなってしまう。
背中に伝わる、ポンポンとした一定のリズムが響いて心地良い。
「拓海くんママは、よく頑張ってるよ。」
明るくさらりと言われる。目の前がうっすらと涙でにじんでくる。
「そんなこと言われたら、また泣いちゃう。」
香織がおどけて言うと、お母さんはワハハと笑った。
園児たちが出てきた。元気で大きな声が響く。まっさきにお母さんのもとへ走ってくる子、ゆっくりと靴を履いている子、先生に帰宅を促されている子など様々だ。
その中に拓海を見つける。
「ママー!」
口を大きく開けて、全速力で走ってくる我が子。
その様子が愛おしくて、目の前いっぱいに手を伸ばし、腰を落として出迎える。
「おかえりー!」
勢いよく飛び込んでくる拓海を強く抱きしめる。
――愛情が伝われー!
と心の中で叫ぶ。
背中に添えられた小さな手は力強い。