NOVEL

勝ち組妻 Vol.10 ~それぞれの未来~

 

『お行儀よくしていなさい。』

『なんでほかの子みたいにできないの。』

 

ついついそんな言葉をかけてしまったことが、走馬灯のように思い起こされる。

誰に見られてもいいように、いつもきちんとしていてほしい。どこへ行っても恥ずかしくないように育てなければならない。他人に迷惑をかけないように…。

 

「えっ、どうしたの!?」

 

緊張の糸がほぐれたのか、急に涙がぶわっとあふれだした。右目から大きな涙がひとつ、こぼれ落ちる。思わず顔を手で抑える。

周りのお母さんたちは、一体何があったのかとこちらを見ている。

 

「ごめんなさい。うれしくて、つい…。」

 

一番近くにいたお母さんが、香織をだきしめる。香織は泣き笑いをする。

 

「っふふふ。人前で泣くなんて、何年ぶりだろう。」

 

恥ずかしくて、気まずくて、いたたまれなくなってしまう。

背中に伝わる、ポンポンとした一定のリズムが響いて心地良い。

 

「拓海くんママは、よく頑張ってるよ。」

 

明るくさらりと言われる。目の前がうっすらと涙でにじんでくる。

 

「そんなこと言われたら、また泣いちゃう。」

 

香織がおどけて言うと、お母さんはワハハと笑った。

 

 

園児たちが出てきた。元気で大きな声が響く。まっさきにお母さんのもとへ走ってくる子、ゆっくりと靴を履いている子、先生に帰宅を促されている子など様々だ。

その中に拓海を見つける。

 

「ママー!」

 

口を大きく開けて、全速力で走ってくる我が子。

その様子が愛おしくて、目の前いっぱいに手を伸ばし、腰を落として出迎える。

 

「おかえりー!」

 

勢いよく飛び込んでくる拓海を強く抱きしめる。

 

――愛情が伝われー!

 

と心の中で叫ぶ。

背中に添えられた小さな手は力強い。