劇に出ることもだけれど、そもそも脚本が好きじゃない、と紗希は思う。
Romeo ;I would I were thy bird.
Juliet;Sweet, so would I, Yet I should kill thee with much cherishing.
冒頭のシーン、ロミオが小鳥になりたいと言えば、ジュリエットは「殺してしまいそう」と囁く。
全編を通して、この物語は死を安易に捉えすぎる、と紗希は思う。
最後のシーンもそうだ。
To make me die with a restorative. Thy lips are warm.
すれ違い、ロミオが死んでしまったと嘆きながら口づける時のジュリエットのセリフ。
もう少し違う展開にはならなかったのだろうか、台本を見つめながら紗希はため息をつく。
「どうかした?」
香那に尋ねられて、思わず本音が溢れる。
「まるで喜劇だわ、馬鹿みたい」
「そうかしら?物事には違う面があるものよ、紗希。あなたは光の当たる側しか見ていないんじゃない?」
香那の答えが意外だったのではっきり覚えている。日頃からシニカルな香那は同じように思っている、と何故か考えていた。
「違う面って、どういう意味?」
尋ねる紗希に香那は困ったように微笑んだ。
「説明できないの、これは」
「香那の言ってること、よく分からないわ」
「そうね、紗希には分からないかもね」
それは今と言うより、この先もずっと。そんなニュアンスが含まれている気がした。
香那はそれ以上何も言わなかったし、紗希も聞かなかった。
そうして迎えた本番。
ラストシーンで香那は紗希に口づけをした。予定では“フリ”をするだけのはずだったのに、微かに触れた唇はセリフの通り“温かかった”。
会場には分からない程度の口づけ。
あの瞬間、ほんの少し何かが分かりかけた気がした。