「・・会えて嬉しい」
紗希がそう言うと、香那が一瞬、目を見開いてから嬉しそうに笑う。
「紗希ならそう言ってくれると思っていたわ」
違和感を隠さない人も多いから、と香那は言葉を続けた。
「高校時代、紗希言ったでしょう?“哲学こそ全てなのに”って」
ロミオのセリフについて話していたときだった。
「だいたいこのセリフがおかしいわ」
「“Hang up philosophy!”ってやつ?」
「そう!物事は哲学が全てなの、形や見かけに意味はないわ」
そんなことあったっけ、と紗希は思う。
「だから紗希が好きだったのよ」
不意に告げられ、もう一度香那を見つめ直す。
「もちろんセクシャルな意味で、よ」
「・・気づかなかった」
「そうね、というより紗希はもう好きな人がいたのね」
それが克哉のことだと、今の紗希ならはっきり解る。
「心の中にずっとあったのね、彼への想いが」
「・・そうね。私、克哉くんが好きだった」
言葉にすると溢れ出す。
止まったはずの涙が後から後から湧き出てくる。
香那は何も言わず、ただ紗希の背中を優しく摩り続けてくれた。
- はじまりの刻
ひとしきり、泣き尽くしたのか紗希は空を見上げる。
辺りは夕闇に包まれ出していた。
「ねぇ、紗希。運命は廻って行くの」
La Roue de Fortune ― 運命の輪
「私たちには器があって、先に行った人とはまた違う輪にいる」
香那が克哉のことを話しているのだと紗希にも分かる。
「彼のことを想ってていいのよ。でも他を否定してはだめ」
「・・・」
「焦らなくて良いわ。ゆっくり動かせば良い」
香那が紗希の髪を優しく撫でる。
紗希は夕暮れを見つめながら、深く息を吸い込んだ。
「きれいね」
そう呟いた紗希を見つめて、香那は微笑んだ。