「お待たせしました」
言われた通り入口で待っていると、Tシャツに白スキニー姿の槙さんが、パタパタとした足取りでこちらへ来た。
「これ、良かったら」
そう言って手渡された袋を受け取ると、中に靴下が入っている。
「これは……」
「クライミング用の靴下です。ふつうのものより薄手で丈夫なんですよ」
「良いんですか、いただいちゃって」
確かに、今日僕は靴下を履いてずっと登っていた。
裸足の人も多いみたいだったけれど、靴下があった方がシューズを履くときに少し痛くないような気がしたし、靴を直履きするというのもなんだか慣れなくて……。
「良いんです。この前も言いましたけど、御前崎さんがボルダリング楽しんでくださるのは嬉しいですし。先日付き合っていただいたお礼です」
そう、にこりと微笑む槙さんを見て、僕はなんだか胸がぎゅうっと締め付けられるような、頭が少し熱いような。フラッシュバックを起こしたときとは違う、変な感覚になってしまった。
「御前崎さん……?」
「あ、いえ。あの。すごく、嬉しいです。ありがとうございます」
なんだろう、この感覚は。泣きたいような笑いたいような。でも決して、嫌な感じじゃない。女性と一緒にいるのに。嫌な感じじゃないなんて、僕は――。
「あの」
感情に任せるんじゃない。そうではなく、きちんと本心からの思いを、渦巻く気持ちの中から拾い上げるようにして、僕は言葉を紡いだ。
「もし――良かったらなんですが。今晩、お時間をいただけませんか」
「今晩……って。もしかして」
ハッとした顔になる彼女に、「違うんです」と首を振る。
「同窓会は、もうどうでも良くて。そんなことより、あなたとはもっと、楽しい時間を過ごしたくて。だから、その」
自分の唾を飲む音が聞こえる。心臓が、ドッドッと騒がしい。もらった袋を抱きしめるようにして、僕は告げた。
「一緒に、食事にでも行きませんか」
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御前崎薫と隣人の槙は自宅マンションから歩いて15分ほどのイタリアンバルに向かっている途中、見覚えのある人物に遭遇する。