NOVEL

御前崎薫は…vol.8~誘う~

「お待たせしました」

言われた通り入口で待っていると、Tシャツに白スキニー姿の槙さんが、パタパタとした足取りでこちらへ来た。

「これ、良かったら」

そう言って手渡された袋を受け取ると、中に靴下が入っている。

「これは……」

「クライミング用の靴下です。ふつうのものより薄手で丈夫なんですよ」

「良いんですか、いただいちゃって」

確かに、今日僕は靴下を履いてずっと登っていた。

裸足の人も多いみたいだったけれど、靴下があった方がシューズを履くときに少し痛くないような気がしたし、靴を直履きするというのもなんだか慣れなくて……。

 

「良いんです。この前も言いましたけど、御前崎さんがボルダリング楽しんでくださるのは嬉しいですし。先日付き合っていただいたお礼です」

そう、にこりと微笑む槙さんを見て、僕はなんだか胸がぎゅうっと締め付けられるような、頭が少し熱いような。フラッシュバックを起こしたときとは違う、変な感覚になってしまった。

 

「御前崎さん……?」

「あ、いえ。あの。すごく、嬉しいです。ありがとうございます」

なんだろう、この感覚は。泣きたいような笑いたいような。でも決して、嫌な感じじゃない。女性と一緒にいるのに。嫌な感じじゃないなんて、僕は――。

 

「あの」

感情に任せるんじゃない。そうではなく、きちんと本心からの思いを、渦巻く気持ちの中から拾い上げるようにして、僕は言葉を紡いだ。

 

「もし――良かったらなんですが。今晩、お時間をいただけませんか」

「今晩……って。もしかして」

ハッとした顔になる彼女に、「違うんです」と首を振る。

「同窓会は、もうどうでも良くて。そんなことより、あなたとはもっと、楽しい時間を過ごしたくて。だから、その」

自分の唾を飲む音が聞こえる。心臓が、ドッドッと騒がしい。もらった袋を抱きしめるようにして、僕は告げた。

 

「一緒に、食事にでも行きませんか」

 

 

Next729日更新予定

御前崎薫と隣人の槙は自宅マンションから歩いて15分ほどのイタリアンバルに向かっている途中、見覚えのある人物に遭遇する。