ピシャーン。
闇を引き裂くように雷鳴が轟いた。
夏を目前にしたこんな夜、何もかも押し流すかのような雨。
誰もが、ただ立ち尽くすしかない夜のこと。
前回▶noblesse oblige vol.3~閃光の行方~
はじめから読む▶noblesse oblige vol.1~いつもの夕暮れに~
シーン3 静音の場合
ポーン。
静まり返った屋敷に時計の音が響く。
夜半から降り出した雨は激しさを増している。
白壁地区の中でも一際、大きな敷地を誇るこの邸(やしき)はこんな夜も揺るがない。
部屋の数は1階と2階を数えると20を超える。
そこに住まうのは静音と執事の安岡。
そして5名のメイドと庭師、運転手の計8名。
それぞれに部屋を与えられているが、使っていない部分も多い。
もともと武家屋敷の造りをそのままに改装した千賀家は庭に蔵も残っている。
明治に入ったころは異国の客人を多く招いたのだろう。
サロン風の応接室やダイニングは当時にしては珍しい洋風の造りだ。
静音は千賀の直系として生を受けた。
父と母は家同士の繋がりに重きをおいた政略結婚。
それでも趣味が合ったらしく、仲は悪くなかったと聞いている。
聞いているというのは、母親は静音を産み落とす際に身罷(みまか)ったからだ。
もともと心臓が悪く、出産に耐えられなかったらしい。
父とその姉、つまりは叔母が静音の傍で養育に携わってくれていた。
静音は何不自由なく育てられ、エスカレーター式に大学を卒業。
卒業後は職につくことはなく、所謂(いわゆる)家事手伝いという名の下で庇護されてきた。
取り立てて不満もなく、日々を過ごしていた。
そんな毎日が崩れたのは2年前。
友人と出かけた旅行で事故は起きた。
ピカッ!ドォーン。
窓の向こうで稲光が光って、落雷の音が響いた。
届かないはずの衝撃を想像して、静音は身体を固くする。
こんな夜は2年前の事故が思い起こされる。
静音は瞼を閉じて、深く息を吐き出した。