NOVEL

悪女 ~ Movement of the mouth ~ vol.8

左右対象にバランスよく引きあがった昭人の口元が、とても眩しかった。

健全な時間に会い、健全なビジネスの会話をして別れる。

 

『じゃあ、また…』

 

昭人はそういいながら、仕事があるからとタクシーに乗った。昭人を見送った後で、莉子は色んな思考を巡らせた。

 

今日、二人で会っていたことを、小枝子は知っているのか?

彼から電話をかけてきたことを知っているのか?

あくまでも、ビジネスとして昭人は莉子に時間をとったのか?

 

それでもいい。

それでも、彼の個人LINEをゲットできただけでも良かったと思う。070…の電話番号は、プライベート用に使っているようだった。

iPadや仕事の為に開いていたiPhoneとは別の、明らか色んな利用用途に使わないシンプルなスマホが、070…。

名刺には、090…で記載されている。

 

070…のLINEを莉子に教えてくれた。

チラッと見た限りだが、トーク相手は、ほとんど男性のようだった。昭人も車好きなのだろう。車をアイコンにしている友達が多く、昭人もあの駐車場に停めてあった外車がアイコンだった。

 

そういえば、妻である小枝子のLINEも見当たらなかったけど…。

莉子は癖で、相手の素性調査のようにLINE画面を瞬時にチェックしてしまう。LINEのトーク画面を見れば、大体の友人関係やプライベートも解る。

 

明らか、友人と映っているものやイラスト多いのは女性だし、グループLINEが多い人も広く浅くタイプだ。

 

その点でも昭人は違った。

男の交友関係が多く、グループではないLINEしか見えなかった。

プライベートの個人電話に滑り込んだとしたら、大当たりの一日だと思った。

 

そして、莉子はわざと寝る前23時に、昭人にLINEを送った。

『本日はお忙しい中、お時間をいただきまして有難うございました。もしよろしければ、またお話をお伺いしたいです。』

 

当たり障りのない連絡。

ビジネスシーンには向かない女性だというレッテルを貼られても、全く不快ではなかった。

これが違う男なら、食い殺そうと画策したかもしれない、莉子の琴線ギリギリの攻防戦だった。

 

しかし、それも、今思い返してみればの話だ。

あの時は、微塵も怒りを感じなかった。

『弱い女性』と言われても、素直に受け入れられた。

 

今、昭人は小枝子と一緒に何をしているのだろうか?

あの下品な口が、昭人の綺麗な口を穢しているのかと想像するだけで、虫唾が走る。