小枝子がワイングラスをそれぞれの前に置きながら、昭人の代わりに説明を始めた。
元々はアナウンサーをしていて、そこから司会等の派遣会社を起業し、今は起業者向けのセミナーなどを手広くやっているそうだ。コロナになる前は講演会なども全国で開催していたが、今はそれがオンラインに切り替わっているのだと説明した。
―元アナウンサー…だからこんなに、口が綺麗なの?
そして、見られる最前線で仕事をしているから、このボディバランスを管理しているのかぁ。
欲しいなぁ。
欲しい。
凄く、否…絶対に、ほしい。―
莉子の中で、理由もなく買い物中にあれが欲しいと発作的に泣き出す子供のような感覚が、沸き上がってきた。
それと同時に、なぜこんな高案件な男が、小枝子との入籍を決めたのか。その理由と、結果を導き出した証明式を知りたかった。
でも、まだだ。
遊川昭人という人間が、本当にそれだけの最前線で白星を挙げ続けてきた人間だとしたら、解りやすいアプローチなんて通用しない。
「アナウンサーですか。だから…」
莉子はわざと、昭人の口元をまじまじと見つめた。小枝子から振ってきたことを、そのまま返す。
「やっぱり綺麗ですね。」
「え?」
「口元の動かし方が。」
莉子は人生で初めて、自分が持っている手札を異性に先に出した。口元を見るのが自分の癖であることを。そこに、己のフェチズムが隠されていることを。
小枝子からどんな情報を得ていようが、小枝子が持ち得ている情報の根底はそこだけだ。
一般的には言われないようなことを言われ、昭人も照れたように笑った。