「せっかくだから、乾杯しよう!」
小枝子は席を立ったまま、ワインボトルに手をかける。
「いいね。でも、私、車なんだよね…」
ちょっと申し訳なさそうに莉子は言い出すが、小枝子は簡単に泊っていけばいいじゃないと返答する。
莉子の思惑通りだ。ここから、話はいくらでも展開することが出来る。
「え、でも、明日…お仕事とかは…?」
小枝子は手慣れた感じにコルクを回しながら、自分は仕事を辞めて趣味としてやっていたネット販売業の方に力を入れているから大丈夫だと言い放った。
聞こえるか聞こえないかほどのか細い吐息で『でも…』と莉子が言いかけた時に、昭人が声をかけてくれた。
「小枝子も喜ぶし、ぜひ泊って行ってくださいよ。女子トークに終わりはないでしょ?」
腹の底にジーンと響いてくる、綺麗な低音。
遊川昭人とは、いったい何者なのか?
莉子の興味はそこに尽きる。
「僕も、今はほとんど在宅ワークなので、お気になさらずに。」
これは、振りなのか?全く崩れる事のないポーカーフェイスを見つめたまま、莉子からストレートを放つ。
「何をされていらっしゃるんですか?綺麗なしゃべり方をされるから、すごく気になります。」
相手から、莉子の字を褒めてきた。つまり色んな視野を持っているという事だ。こちらからも、そこを刺激しても構わない合図だと莉子は判断した。
ワインをグラスに入れながら、チラッとこちらを見ている小枝子の視線は気になったが、莉子は今更引くつもりはなかった。
「僕は、今はオンラインサロンの講師を」
「サロン?」
「ええ、いかがわしいものじゃないですよ?起業者向けのなんていえばいいのかなぁ…」
初めて見せた爽やかな笑顔に、莉子の胸が少しキュンとした。