「仕事でなんかあったか?」
仕事だけではない。今日の夜に見たあの光景が、瞼にしみついて離れない。
雅のあんな笑顔は、私には暫く見せてくれていない。それを見せていた相手は、私の部下の島田だった。どんな心持で、わざわざ私たちの最寄りの駅を選んで、雅と会っていたのだろう。偶然かもしれないが、もしわかっていて選んだのであれば、相当に性格が悪い。
「何も。雅さ、最近で一番楽しかったことって何?」
「ん~。この前、レストラン行ってでっかいパフェ食べたこと?」
違う。そうじゃない。私が望む正解を言ってほしいんじゃない。本当に心に残っている思い出が欲しいんだ。雅の中に、私がちゃんとあることを、私の中ではっきりと感じておきたかった。
しかし、
「そっか」
ダメだった。私の居場所だったこの部屋が、一気に知らない、落ち着かない場所になった気がした。
ペアでおいてあるマグカップも、二膳のお箸も、狭い冷蔵庫のタッパーをよけて置かれていつも二つ並ぶお酒も。全てが気持ち悪い。
もう、今日は眠ってしまおうと思った。何もかも忘れて。眠ってしまえば、今日とは決別した明日がやってきて、昨日までに起こった様々を全てなかったかのように過ごしていけるのではないか。
つまり、まったく違う自分と時間にいつの間にか身を置いているような、起こることは絶対にないと分かっているような非現実へ逃避していることを願うかのような思いでいっぱいだった。
なんだか肌寒いのは、お酒を飲みすぎたせいだと、そう思うことにした。
◆
朝がきた。毎日を忘れてしまいたいと思って眠ったのに、身体には日常が刷り込まれているようだ。いつもと全く同じ時間帯に目が覚めてしまった。頭が痛い。
「はぁ」