声は低音で落ち着いており、静かだがしっかりとした力を持っていた。
「本日はよろしくお願い致します。それでは本題ですが…」
私は準備してきた資料を手元に出して説明を始めた。今まで準備してきた内容の擦り合わせ、メールでのやり取りの確認、楽趣味の商品とタイアップすることで生まれる利益や新たな客層を一から説明していく。ふんふんと頷きながら時々鼻を鳴らして米田は資料を眺め、清水は足を組みながら両手を膝の上に置いて聞いていた。
口が乾いてくる。緊張からの酸欠で視界は狭窄し、自分が遠くなる感覚が襲う。資料の最後のページを捲るときには、そんな動揺を微塵も気取られまいと、必要以上に注意を払って手をかけた。
「以上でご説明は終わりです。ご質問などございますでしょうか」
今伝えられることは伝えた。米田と清水はソファに座り直し、うーんとか、なるほどねぇとか言いながら、思い思いに一息ついている。
「それで今日のお話は終わりですか」
「え…」
あまりに味気ない一言目に、思わず言葉が漏れた。
「は、話は以上ですが、これを踏まえた上で御社には再度ご検討頂きたく…!」
「いえ、本日のお話は全て把握しておりますので、お話の内容が以上でしたら特に進展はないかと思います」
それ以上の言葉は、いくら止まっても出てくることはなかった。
Next:3月31日
タイアップの予定が白紙になった影響は大きく、どこで取り返そうかと思案中の加奈恵だが落ち着きを取り戻しつつあった。ある日の帰り道、同棲中の須藤が女と楽しそうに談笑する姿を目撃してしまう…。