エレベーターのボタンを押し扉が閉じると、礼子は肩を落として深いため息を吐く。
疲れと怒りを吐き出すように。
通常の業務に加えて創業記念パーティーの準備、おまけに新しく着任した桐生の取引先からの引き合いが増え、毎日多忙を極めていた。
仕事の忙しさだけならまだしも、礼子を不愉快にさせる事柄は他にもあった。
桐生への女子社員の接触、一番近くに寄り添う御室珠莉の存在。
同期の島坂と派遣社員の三村佐智子のこと。
そして秘密裏に付き合っていた城島と野中ひとみ。そこへ耳にした城島と百合子の関係だ。
あれは2週間ほど前の朝のこと。
「礼子さん。私、昨日見ちゃったんです」
朝当番で早出した礼子に意気揚々と乃亜が話しかけてきた。
「見たって何を?」
「ふふっ、言っちゃいますね」
含みを持たせるこの仕草が礼子を苛つかせていることを乃亜は知らない。
「昨日、城島さんと百合子さんがデート、していると・こ・ろ!」
「・・本当なの、それ」
「はい、間違いありません。時間からしてきっと朝帰りですよ」
礼子に言いつけるように、乃亜が小声で耳打ちする。
机周りを片付けていた礼子の左手が硬く握り締められたのを見て、乃亜は内心ほくそ笑んだ。
自分の立ち位置が百合子やひとみより優位に立ったと感じたからだ。
けれど礼子が感じたのはそいうことではなかった。
会社に勤めて7年間、浮いた話は一度もない。そのことが想像以上に礼子の心を重く沈めていたのだ。
(・・おもしろくない・・)
礼子は自分の周りの状況を傍観しつつ、それが全く関係ないことに苛立ちを覚えていた。
他の女子社員と比べて見劣りするとは思わない。なのにどういう理由だろう。疑問は長い時間の中で憤りに代わっていく。
「・・本当、面白くない」
思わず言葉が漏れたとき、エレベーターが止まって扉が開く。
4階のフロアから打ち合わせを終えたらしい桐生泰孝が乗り込んで来た。
「あ、山村さん、会議終わりましたか?」
3階の会議室で行われていた創業記念パーティーの打ち合わせのことは桐生も当然知っている。