NOVEL

彼女がいても関係ない vol.4 ~脆く危い関係の進展~

 

「どうかしました?」

考え込んだ城島に佐智子が首を傾げながら尋ねる。

 

「なんでもないよ。美味しそうに食べるなと思ってね」

「だって美味しいんですもの、このケーキ」

生クリームを多めに載せたザッハトルテを佐智子はゆっくりと口に運ぶ。

洋酒が効いた濃厚な風味。

 

「ね、知ってます?チョコレートって」

口に運ぶ直前でスプーンを止め、声のトーンを落として佐智子が続ける。

 

「媚薬なんですって」

「・・っ!」

囁くような小声と同時に、城島の足元に柔らかな感触が届く。

 

テーブルクロスの下で佐智子の足先が伸びてきた。

一瞬、目を見開いた城島の瞳を見据え、佐智子はゆっくりとスプーンを口に含ませた。

口元についた生クリームを舐める赤い舌先が城島の視線を捉える。

先ほどまで考えていた色々な厄介ごとがすべてどうでも良いように思える。

城島は乾いた喉に赤ワインを流し込んだ。

 

 

●不満の種

「営業部の方で取引先の方々の確認をお願いできますか?」

10月の2週目の火曜日。来月に迫った創業記念パーティーの進行のため山村礼子は営業部を代表して社内会議に出席していた。

 

「はい、わかりました」

「今週の終わりには取りまとめて貰いたいのだけど、大丈夫?」

「はい、問題ございません」

総務部部長の石井に尋ねられ、礼子は表情を崩すことなく答える。

 

「そ、助かるよ。よろしくね」

「では次に記念品の件ですが」

 会議はその後も招待客の席次や挨拶の順番、記念品のことまで話し合われ予定時間の3時間を少し回ったところでようやく終わった。

 

「山村さんのところ、忙しいんじゃないの?大丈夫?」

廊下を歩きながら同期で総務部の白石琴音に声を掛けられた。

同期といっても入社して総務と営業とに別れたから接点は殆ど、ない。

確か学生時代から付き合っていたという相手と昨年、結婚したはずだ。

 

「大丈夫よ、ありがとう」

礼子はさっきと同じように答えを返す。

 

「そう?なら良いけど」

琴音はそれ以上は何も言わず、二人はエレベーターの前で別れた。