神尾は今日外回りに出ていたから、朝ちらっと見かけただけでほとんど会っていない。
それでもラインのやり取りは毎日続いているし、昨日は社内で会った際に目配せしあい、それだけでアユミは有頂天の気分だった。
こっそりと隠れて二人だけの合図を送る。これぞ社内恋愛の醍醐味ではないか。
まだ正式に付き合ってはいないが、もうほとんど同じことだとアユミは思っている。
気分よく前菜一口目を口にすると、思わずため息が漏れた。
さすが予約困難の人気店。素晴らしく美味しい。
自分が普段口にするイタリアンとの差は歴然で、改めてリサを羨ましく思った。
「ねぇ、リサっていつもこんな美味しいもの食べてるの?」
「そんな、いつもじゃないよ。ここは人気だから予約も頻繁には取れないし、今は多分常連さんくらいしか予約取れないと思う。だから、彼も今日すごく残念がってて」
丁寧に調理されたと分かるフリットを口に運びながら、リサが言う。
「でも、私はアユミと美味しいもの食べられて嬉しいけど」
語尾にハートをつけアーモンド形の瞳を緩ませる。
こんな顔で微笑まれれば、どんな男性も夢中になるに違いない。
少々甘すぎるアユミの顔と違い、リサは涼やかで上品。透明感のある美人だ。
「それで、アユミは最近どう? 恋愛の話最近聞いてなかったけど、会ってる人とかいるの?」
その質問に、待ってましたとばかりにアユミは「聞いてくれる?」と飲んでいた白ワインをテーブルに置いた。
「え、出来たの!? 最初に言ってよ~」
結婚してすっかり恋愛から遠ざかっているリサは目を輝かせて身を乗り出す。
「どんな人? どうやって知り合ったの? 今度は変な男じゃないよね?」
「待って、順番に話すから」
アユミは笑いながら、以前から神尾をいいと思っていたこと、なかなか踏み出せなかったこと、先週の金曜日の出来事から今日までのことをリサに話した。
その間、リサは「ふんふん」だとか「えーいいね」だとか絶妙の相槌を返してくれる。
なんでも話せる女友だちとはやはりいいものだ。
持ち物や立場が変わっても、リサは決してそれをひけらかすことはしないし、アユミの状況や職業を見下したりもしない。
SNSではよく高級店で食事をする写真や、夫のつながりで著名な人と食事をしたという写真を載せているが、そういった話を自慢気にアユミに語ることもない。
裕福な環境で美容にもお金をかけ、ますます美しくなっていくリサではあるが、アユミの前でリサは学生時代と変わらず、気さくないい友人でいてくれる。