202X年6月11日 午後7時
「紗希ちゃんのせいで、克哉くん・・」
雪菜が泣きじゃくっている。
紗希は真っ青な顔でただ立ち尽くしていた。
(どうして忘れていたんだろう・・こんな大切なこと)
あの事故の後、助け出された二人はすぐに駆けつけた救急車で病院に搬送された。
紗希は2日間、意識が戻らなかったが命に別状はなかった。
けれど、落ちる時に頭を打ちつけてしまった克哉は目覚めなかった。
暗がりのせいで救助が遅れたことも一因だった。
そのことを、紗希の心は受け止められなかったのだろう。
病院のベッドで目を覚ましたとき、紗希は何も覚えていなかった。
事故のことどころか、克哉と蛍を見に出かけたことさえ記憶になかったのだ。
「でも、宮田さん。紗希ちゃんにお話だけでも」
克哉の母は事情を聞こうとしたけれど、紗希の母は頑として受け付けなかった。
「事故だったんです。もうそっとしておいてやってください」
落ちる時、咄嗟に克哉が紗希を庇うように抱きしめたと、側にいた人が消防に話していた。
そんなやりとりも紗希の耳に入ることはなかった。
携帯も母に取り上げられて履歴を見ることさえなかった。
学校には病欠で通し、同級生が知ることもなかった。
母が紗希への連絡に必要以上に神経を尖らせていたのも、そんな経緯があったからだと納得できる。
「紗希ちゃんのせいじゃないからね」
由衣が肩に手を置いて声を掛けるが、その声は紗希に届いていなかった。
202X年6月12日 午前1時
どうやって帰って来たのか。
紗希は独り、部屋に居た。
由衣が泊まると言ったが、断った。
とにかく独りになりたかった。
蛍、水、光、すべてが記憶の淵から窓を破って溢れ出してくる。
「・・克哉くん、ごめんなさい・・」
月明かりだけが差し込む部屋で、紗希は膝を抱えてただうずくまっていた。
泣くことも、声をあげることも出来ないまま、時間だけが過ぎていく。
♪♩♬〜
携帯のロック画面に映し出されたのは純也からのメッセージ。
“同窓会、どうだった? 明日、会える?”
今の紗希には画面を見ることさえ出来ない。
忘れていたことが大き過ぎて、受け止めることも苦しい。
(どうして、どうして・・)
何度繰り返しても答えは見えてこない。
(このまま朝が来なければいいのに)
押し寄せる悔恨の中、ただただ自分を責め続けていた。
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