NOVEL

運命の輪 vol.9~空白の時間~

16年前 6月1日 午後7時

 

「ほら、こっち!」

暗がりの中、名古屋城の外堀を紗希と克哉は訪れていた。

小学校を卒業して別々の中学校に進んだ二人だったが、高校に入ってからもメールでのやりとりは続いていた。

 


前回: 運命の輪 vol.8~ざわめき~

はじめから読む:運命の輪 vol.1~動きだす時間

 

  • 繋がる記憶

 

「待って、克哉くん」

「どんくさいな、ほら手引っ張ってやる」

温かい手に掴まれてホッとする。

 

小学校6年の夏休みの登校日。

由衣が家族で見に行ったという風景の絵を描いてきた。

「とっても綺麗だったよ!」

「へぇ、いいなぁ」

隣の席だった紗希は絵を見ながら、そう呟いた。

「なんだ。お前、見たことないの?」

「うん、ない。うちお父さん居ないから。ママは連れて行ってくれないし」

前の席の克哉に尋ねられ、紗希は寂しそうに答える。

「そっか。じゃ、今度見せてやる!」

「本当?」

「良かったね!紗希ちゃん」

「うん!楽しみ!」

そんな会話を覚えていてくれたのか、5月の終わりにメールをくれたのだ。

 

“蛍を見に行こう”

約束を覚えていてくれたことが嬉しくて、紗希は母に無理を言って出かけた。母には高校の友だち家族と行くと嘘をついた。

克哉と二人で出かけると言えば、心配して許してくれない気がしたからだ。

 

場所は名古屋城の外堀。

克哉が先週来た時もかなりの数の蛍が居たらしい。

 

午前0時。遅い時間だが、周囲には蛍を見に家族連れやグループが集まっていた。

 

「宮田、ほら!」

克哉が指差した先に、小さな光が浮かんでいた。

ひとつ、またひとつ。

ゆらゆらと光が集まってくる。

「きれい・・」

初めて見る蛍の光はロウソクとも電灯とも違って儚げで美しかった。

何分経っただろうか、蛍の瞬きに目を奪われていたとき。

紗希の携帯がメールの着信を知らせるために震えた。