202X年 5月27日 土曜日 午後2時
「紗希ちゃん、こっち!」
黄色いフェラーリの窓が開き、運転席から純也が手を振った。
GUCCIのサングラスが日差しを受けて光る。
はじめから読む:運命の輪 vol.1~動きだす“時間”~
ferrari 458 spider。
優雅な曲線が、道行く人の視線を集めている。
誰もが立ち止まって、まず車体を見つめてから純也に視線を止める。
そして必ず、呼び止められた紗希に視線を移すのだ。
その後、数回視線を送り直す人も少なくない。
それに何とも言えない居心地の悪さを紗希は感じていた。
「ほら、乗って」
運転席から降りて来た純也が助手席側のドアを開けてくれる。
とにかくその場を離れたくて、紗希は腰をかがめて助手席に乗り込んだ。
目線が道路から近い。
日頃から人の視線を集めるのは好きではない紗希にとって、必ず振り返られるというシチュエーションは歓迎できるものではない。
何となく見られている気がしてシートに深く身体を沈める。
三越付近で待ち合わせようと純也からLINEが入ったのは昨日の夜。
ちょうど予定が空いていたのでOKしたのだが、こんな派手な車で現れるとは思っていなかった。
「目立つの苦手?」
ハンドルを握りながら純也が声を掛ける。
「好きじゃないわ」
ため息混じりに紗希は答える。
「ふーん、変わってるね。大体の女の子は喜ぶのに」
言葉とは裏腹に楽し気な口調で純也が続けた。
「人の視線って嫌いなの。見られるって好きじゃない」