「じゃあ、行きましょう」
先に席を立った由衣についてカバンを持ち上げる。
キャッシャーで精算を済ませて、二人は店を後にした。
- 回り出す“運命の輪”
午後6時
栄駅までは自由ヶ丘から地下鉄で30分もかからない。
休日でも街へ向かう人の流れは少なくない。
駅の東側のビルの中に美容室はあった。
“La Roue de Fortune”
白い扉に彫り込まれた文字。
“ルー・デ・フォルテューヌ”フランス語で“運命の輪”を意味する店名。
「変わった名前のお店ね」
「そうでしょ。店長もちょっと変わっているの」
由衣がいたずらっ子のように軽くウインクしてチャイムを鳴らす。
小鳥が鳴くような軽やかなチャイムの音色が響くと扉が開いた。
「いらっしゃい、時間ぴったりね」
出迎えてくれたのは短い銀髪の少し、メイクをしているようにも見える男性。
白いシャツにピタリとした革のボトム。
明らかにふつうの人とは一線を画す雰囲気を纏っている。
足元は特徴的なデザイン。
ハリネズミのような突起のついた独特のスニーカーは一目であるブランドだと分かる。
モデルのような歩き方で近づいてくると由衣と軽いハグをする。
「また痩せたんじゃなぁい?だめよ、女の子はお肉がなくちゃ」
「変わってないわ、1カ月前と」
クスクスと由衣が笑いながらバッグを傍のスタッフに手渡す。
脇に控えていた男性スタッフが由衣のバッグを受け取り、大理石の台に置く。
「ピエールよ。こちら、紗希ちゃん」
由衣が紗希の手を引きながら紹介する。
「こう見えてパリコレにも呼ばれるカリスマ、だっけ?」
戯(たわ)けたように舌を出す由衣を軽く睨み付けるようにしながらピエールが紗希の方へ歩み寄った。