NOVEL

きっとこの先は。vol.2~予測通りの言葉~

前回▶きっとこの先は。vol.1~この夜を迎えるまでは~

 

 

「準備は済んだわね」

「はい、女将さん!ばっちりですよ!」

「最後まで油断しないの」

 

今日の予約の準備が整った。お座敷や廊下みたいな目に見える部分の掃除、仲居の配置と流れの確認、お料理の確認、芸者さんの手配まで、隙なく全てを予測して完璧に準備する。誰がお客様でもここまでの準備は当たり前であるから故に、「慣れた作業」になってしまいがちだ。しかし、私たちにとってはいつも通りの作業かもしれずとも、お客様にとっては一生に一度の数時間かもしれない。そう思うと、怠ることなど出来はしないのだ。

 

ご予約の時間まで残り1時間を切り、いよいよ私たちの本番が始まる。

 

「皆、気を引き締めて。でも笑顔で。よろしくね」

 

 

ご予約の時間の少し前、すべてを整えて玄関前に並ぶ。少しすると、お店の前に人の気配がし始めた。まるで、雨が降る少し前に、もうすぐしたら雨が降ることが分かるように、なんというか、匂いのようなものを感じることがあるのだ。この匂いを感じると、自然と背に力が入る。

 

戸が開く。

 

「いらっしゃいま・・・」

 

最初に入ってきた男を見て、私は思わず言葉を落としてしまった。

「予約しておりました大野です。もう少しで、先生がお着きになりますので」

「いらっしゃいませ、大野様。お待ちしておりました」

 

大野、というのはこの男の名前ではない。私は動揺を悟られないように、いつもよりも力をこめる。この男は―。

「鈴木くん、ありがとう。どうも、大野です。よろしくお願いいたします」

後ろから入ってきた白髪の初老の男性。この男性が大野。IT会社の役員をしている方とのことだ。そして最初に入ってきた男は鈴木信也。

 

―ごめん。

―なんで。

―僕はまだ・・・。

私の、元婚約者だ。

 

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