「これまでの私の努力って…?」
ただ虚しく、そして悔しくて、帰り道を歩きながら私は涙を溢した。
けれど私は強がって、康平の前では涙を見せない。
昔から私は男の前で泣けるほど素直にできていないのだ。
マンションのエントランスに着くとエレベーターホールの鏡で表情を作る。
「ただいま〜。夕飯なぁに?」
明るく完璧ないつも通りの私だ。
帰りが早かった康平はいつもに増して機嫌がよく、キッチンでビーフシチューを煮込みながらお気に入りの赤ワインを開けていた。
「そろそろできるから、先に着替えて」
香りづけの赤ワインを鍋に一周しながら話しかける康平の何気ない会話が、
今日の私の疲れきった心に温かく滲みる。
テーブルで向き合うと早々に康平がご機嫌に話し出した。
「ねぇ聞いてくれよ。去年から俺が進めてた案件があっただろ?
ついに正式に契約決まって社内表彰と昇格決まったんだ!
俺の努力が報われた〜ってかんじ!」
とても嬉しそうに話す康平を前に、今日の私は素直に一緒に喜べないでいた。
「頑張れば頑張っただけ報われる。これが仕事のやりがいだよなぁ〜」
「奈緒美もそろそろ、プロジェクト忙しくなるんじゃない?」
康平の悪気ない言葉の連続に私の中で何かがはち切れた。
目から勝手に涙が溢れる。
「奈緒美…急にどうした?」
康平の困りきった顔を初めて見た。
そんな彼に私は会社での出来事と自身のやり切れない思いを打ち明けた。
「そんなに辛い思いをしてまで働く必要はないんじゃない?
俺の収入がこれだけ安定してるんだし、子供のためにも家庭に入って
俺を支えてくれるのは働くよりも家族のためになるんじゃない?」
康平は優しさで言ってくれたのだろう。