連絡をしてこない幸枝を不満に思った公平が「俺のこと好きじゃないなら言って」と最終的に別れる寸前までいったときも、幸枝が男性もいる会社の同僚たちと飲みに行くのに嫉妬されたときも、幸枝は冷静だった。
「わたしが好きなのは、公平だけ。」
言葉で何度も伝えた。
公平のことは本当に好きだったから、きちんと伝わっていないことがもどかしかった。
初めての夜は、東京への1泊2日の旅行中、The Okura Tokyoのヘリテージスイートで迎えた。
緊張してガチガチの幸枝を公平は気遣ってくれた。
とても大切に扱ってくれた。
―この人とずっと一緒にいられる人は幸せだろうな。
イライラすることもあるし、一緒にいるのがいやになることもある。
けれど、手をつないだとき、ハグをしたとき、笑い合っているとき、幸枝の心はパーッと色づくようだった。
全身になんとも言えないムズムズ感を覚えながら、たまらず小さく足をバタバタさせる。
すでに眠っている公平の腕枕の暖かさを感じながら、幸枝は眠りに落ちるのだった。
順調な二人の関係に転機が訪れたのは、付き合って1年とちょっと。
幸枝が28歳になる1か月前の11月だった。
その日は生理が重いからと、ふたりで幸枝の家でゆっくりと過ごしていた。
公平はテレビをみていて、幸枝はmarie claireを読んでいる。
こたつは出していないが、部屋は暖房がきいていて日だまりのような暖かさだった。
「いいなあ。子供と過ごすクリスマスは、楽しいだろうな。」
クリスマス特集でもしていたのだろうか、公平が突然声を漏らす。
「幸枝は、子供好き?」
両手を後ろに伸ばして足を放り出してテレビをみていた公平は、振り返って幸枝の方を見つめる。
「うーん、考えたことはないな…。好きでも嫌いでもないかも。」
「そっか・・・。」
公平は視線を落とし、あぐらをかく。
「俺たち付き合って1年じゃん。」
言いにくそうにこめかみを掻いている。
「そろそろ、結婚とか…どうかな。」
思わぬ言葉に、幸枝は目を丸くする。
―結婚なんて、考えてもいなかった。