珠子はパソコンを開き、ブランドの公式サイトを開いた。
Hermèsの新作のバック。CHANELの化粧品。GUCCIの時計。
実際にshopに行かなくても、買えるものは沢山あった。
愛子がコーディネートしてくれた、珠子用の服が、クローゼットに改装された4畳半ほどの部屋に吊るされていたが、「ここにあるもの全て捨ててください」と傍にいた使用人に言いつけた。
少し戸惑い、執事に確認を…と言い出したが、「私の命令が聞けないんですか?雄一郎さんの妻ですよ?」という一言で、説き伏せた。
インターネット通販で、芸能人愛用とされる衣服を一通り揃える。
毎日のように大きな箱が届き始めて、流石に義父母には何事か?と驚いたが、珠子はそれを笑顔で交わした。
「西園寺家の嫁として、今後、一層精進するための準備です。どうぞお許しください。
お義父様。お義母様」
珠子の悪気も嫌味も感じさせない、無邪気な笑顔は結婚前と一切変わらない。
男女問わずに、嫌われないという点のみが、珠子の利点だと思っていた両親は呆気にとられた。
『人畜無害である嫁』
家業に興味がない、放蕩息子にはそんな嫁が良い。
後々、孫で修正すればよいと考えていた。
現西園寺家当主である雄一郎の父、道隆がまさにそうだったのだ。
道隆の父親は女好きで、妾を沢山持っていた。
妾腹(しょうふく)の子として生まれた道隆だったが、正妻には娘しかおらず、元から体が弱く早死にしている。
道隆は沢山いる義兄弟の中から、当主の座をかけた英才教育を受ける日々を過ごした。
そして名門大学を卒業し、実力で説き伏せることで…今に至る。
大切なのは、あくまでも西園寺家の血なのだ。
それさえ間違わなければ、構わない。
それ故に、雄一郎のような子が出来たのかもしれないし、道隆夫婦の間には雄一郎しか生まれなかったのかもしれない。
そして、道隆自身には妾も居なかった。
道隆が女遊びに興味を持てなかったのは、自分が妾腹として辛い幼少期を過ごしたせいかもしれないが、雄一郎に自分の考えを押し付ける気は更々無かった。
西園寺家は早婚家系である。
40歳手前なのに、いつまでもただの遊び人でいられては困る。
ただ、それだけだった。
故に両親は、珠子は理想的だと思った…。
「今後は西園寺家の家名に傷をつけるようなことは致しません。この度は、大変申し訳ありませんでした」
珠子がそう挨拶だけして去っていく背中に言葉も出ない。