西園寺家は武家の頃からの地主であるが、流沢は確かに違う。
駅の周辺の不動産売買に関しては、確かにいい噂ばかりではなかった。
名古屋にそれなりに精通している愛子なら、麻梨恵が言いたいことが少しだけ解る気がした。
好き勝手していても、咎められることのない雄一郎と、少しでも羽目を外せば足元を掬われる麻梨恵の微妙な関係が、この二人を破局へと追いやったのだろう。
珠子が思っている以上に、雄一郎の周りには根深いものが混在している。
それを、達観しながら、欲しい情報だけを集めている自分は、何だろうと?
愛子の思考が一瞬だけ白紙になった瞬間だった。
「でも、あの男が結婚したなら、もう自由よね。本当に、感謝してるわ。アハハハハ…」
麻梨恵は大きな胸をこれ見よがしに震わせた。
愛子は、その瞬間…恐怖を感じた。
結婚したら『こっちのもの』。
どんなに遊ぼうが、自分の勝手。
旦那にするべき相手としてではなく、その場の遊び相手にはちょうどいい。
そう宣戦布告をしているのは、妻である珠子へではない。特に深い関係を持っているわけでもない、愛子に対してなのだ。
―そう…そういう事なら、受けて立とうじゃないの。―
愛子のプライドの琴線に火が付いた瞬間だった。
珠子はハネムーンの前々日の夜まで、体調を崩したままだった。
ローンで用意した家具がどんな風に西園寺家に置かれているのかも、見に行けていない。
しかし、新婚旅行は大きな門出となる。
3週間かけて、ヨーロッパ中を楽しむ予定だ。
それをキャンセルする訳にはいかず、新婦不在の挨拶回りを、新郎のみに任せ、その話を愛子から聞く日々を送っていた。
「雄一郎さんね。本当にたまにしか来てくれなくて…」
腕に点滴を刺された状態で珠子が愚痴る姿を見ながら、愛子は『知らない方が良い事もあるのよ』と秘めながら、両頬を引き上げた。
「あの、夏目さんって子も、最近顔を出してくれないの」
「…そう…。あの子のこと…気になるの?」
愛子は鈍感だと思っていた珠子の口から、彼女の名前が出たことに対して真剣に驚く。
「仲良く、なれたらなって思っていたから。
ほら、此処の使用人って古い人ばかりだから、なんか怖くて。あの子なら仲良くなれるかなって思ったんだけど、ダメね。
ずっと、此処で暮らしていくのに…良くしてくれるのがご両親と、お爺様だけかぁ…しんどいなぁ」