麻梨恵は、淡々と言葉を並べ立てる。
100%本心ではないことは解るが、元来の嘘つきとは本音と真実を織り交ぜて、嘘をつく。
8割の偽と2割の本音。
その2割を探ることが、相手からマウントをとる最良の手段だ。
愛子の読心術を駆使しても、表情が大きく変わらない麻梨恵が相手だとやりにくい。
「あの…人畜無害そうな奥さん。可哀そうね…まるで、scapegoatよ…」
その頃、雄一郎はやっと役員連中から解放され、離れに忍んで向かう途中だった。
珠子が倒れた後から、芽衣の様子が気になっていた。
形だけでも珠子を見舞った後に、愛子の部屋に行く予定であったが、愛子から今晩くらいは大人しくしていなさいと促され、予定を崩されたことで思い出したように、雄一郎は珠子の見舞いもせずに、芽衣のもとへと足を向けた。
たとえ、誰かに見つかったとしても構わない。
使用人たちは、存外に口が堅い。
己の保身を思うならば、見ない、聞かない、言わないに徹するべきであることを知っている。
少なくとも、白壁の豪邸で使用人を務めている以上は、それが暗黙のルールとなっていた。
それ相応の対価を受け取り、此処に居続けるための保身術だ。
離れに向かうのは久々だった。
雄一郎が呼ばずとも、芽衣から顔を出してくれる。
しかし、今後はそのスタイルも変わっていくのだろう。
面倒だとは思うが、雄一郎も西園寺家の人間として役目を果たさなければならない。
代々受け継がれてきたこの地を、継がせる世継ぎを産ませる。
それが、放蕩息子に与えられた、唯一の使命だった。
麻梨恵はパーティーから随分と飲んでいて、既に呂律が廻っていない。
しかし正気ではあるし、顔色も変わっていなかった。
「愛子さぁ、あの男と寝てるんでしょ?」
愛子は大きな目を更に丸くする。
西園寺家の一室で言っていい言葉ではない!
「ここは名古屋よ?誰もこの敷地で見聞きしたことを、漏らしたりしないわよ。
あなたも、一度離れてみたら解るわよ。
閉鎖的で、見栄ばかり。苦しかった…わぁ…」
ロックグラスを傾けながら、麻梨恵はしみじみと語る。
「私には何もなかった。
ただ、流沢の娘に生まれて、あの人と結婚するんだって言われて…あれと対等になりたいと思って…。憧れ?…だったけどね。
それも疲れたのよ。流沢は西園寺家と違って、ただの成り上がりだからね」