あまりにも静かな彼女の声と表情に動悸はだんだんと落ち着いて行った。
「……もう、大丈夫です。すみません」
強張っていた身体から力が抜けて、深く息を吐く。大丈夫――僕は、大丈夫だ。そう、自分に言い聞かせる。
「それなら、良かった」
少し低めの声で、彼女はそう頷いた。目鼻立ちがハッキリとしていて、ふんわりとしたショートカットがそれを引き立てている。たぶん、美人の部類だろう。白いブラウスに、黒いスラックスを合わせるというシンプルな服装だけれど、耳元に大き目のイヤリングが揺れていて、ついそちらを見てしまう。
「タクシーかなにか、お呼びしましょうか」
病気の発作かなにかかと思ったんだろう。彼女は無表情のまま、そう訊ねてきた。
「いえ、家はすぐ近くなので。ありがとうございました」
それだけ言って、頭を下げる。また発作なんてことになったら嫌だから、さっさと彼女と離れて買い物を済ませよう。
減っていなかったはずの腹はまた動き始めて、空腹感を覚える。プロテインはやめて、唐揚げ弁当でも買おう。そう思い弁当コーナーへ移動すると、唐揚げは売り切れていて、仕方なくはじで残っていた牛丼をレジまで持って行った。
温めてもらっているうちに、彼女が隣のレジに並ぶ。ちらっと見ると、プロテインの他にサラダチキンと野菜の煮物を買っていた。彼女が振り返りかけたので、慌てて視線を逸らす。
そのままコンビニを出ようとすると、会計を先に終えた彼女の後を追う形になってしまった。しかも、歩く方向が一緒だ。なんとなく気まずくて、やや距離を開けて歩くようにする。
まぁ、それも数分のことだしなと思いながら歩き続け、もうすぐマンションに着くというときだった。
「あの」
そう、彼女がくるりと振り返ってきた。手にはスマホを持ち、無表情だった顔は眉を寄せている。
「は、はい」
「どうしてついていらっしゃるのか、理由をお聞きしていいですか」
「え……?」
彼女の言っている意味が分からず、僕はぽかんと間抜けな顔を晒し。その数秒後、自分が彼女の後を追う変質者だと思われていることに、ようやく思い当たった。
(って、俺が変質者……!? )
なんと言うか――とにかくショックで、しばらく固まってしまった。そうするうちに、彼女の顔は険しくなっていき、今にも警察に電話をされそうで、僕は慌てて「誤解です」と声を上げた。
「僕は、すぐそこの住人で……偶然、方向が一緒なだけです!」
「歩幅は、あなたの方が大きいはずですよね。何故、追い抜いていかないのですか」
彼女は淡々と、追加で訊ねてきた。悪いことをしていないのに叱られているようなこの理不尽さに、少しイラっとする。
「単に、気まずかったからです。他意はありません。それでも不審だと言うなら……」
身の証を立てるために、僕は財布から名刺を取り出した。何枚か予備を入れておいてラッキーだった。名刺を見ると、何故か彼女の眉はますますキュッと寄った。
「……これがあなたの物であるという証拠はありますか」
「えぇっと……免許証ならありますけど」
そこまで疑うのかとげんなりしつつ免許証を見せると、それを名刺と見比べ、彼女はようやく肩から力を抜いた。
「……すみません」
素直に頭を下げる彼女に、「いえ」とつい素っ気なく頷く。が、その後の彼女の言葉に、僕のポーカーフェイスは崩れた。