NOVEL

【新連載スタート】御前崎薫は… vol.1~女が怖い~

三十歳にして、WEBサービスの展開をメインとする会社を経営し、年収は約二千万。

顔だって、そう捨てたもんじゃない。……いや、もっと正直に言おう。顔が良い。とは言っても、この顔だって地道な努力によって手に入れたものだ。男とは言え、日々のスキンケアは欠かせない。

自己管理のたまもので、鍛えた身体もなかなか良い。そうなるとこれはもう、パーフェクトと言っても良い人材だろう。

 

それが僕――御前崎(おまえざき)薫(かおる)だ。

 


 

 

「……この汚れ落ちねーな……」

やや広めに作られた空のバスタブの中で屈み、ひたすらに汚れと向き合う。連日の忙しさで、家をすっかりおろそかしにしていたツケが、汚れとなって文字通り溜まっていた。

 

自動掃除機に食洗器、ドラム式洗濯機など、可能な部分はそういった利器を利用している訳だけれど、それだけでは手の届かない部分というのはどうしたって出てくる。

「家事代行サービス」を調べたこともあるが、大体がホームページのトップにある文言を見て、バックすることとなる。

 

『思いやりの心をもって、女性スタッフが真摯にご対応いたします!』

 

「……はぁ」

落ちない汚れに、くたりと手を下ろす。気がつけば、小窓の外はすっかり日が落ち、風呂場全体が暗くなっていた。

「……腹減ったな」

スポンジを放り投げて、適当に泡を水で流して風呂場を後にする。よく考えれば、疲労のせいかたまの休みなのに昼過ぎまで寝過ごしてしまい、寝起きにバナナとプロテインを口にしたくらいでろくなものを食べていない。

 

Tシャツにスラックスと、体裁だけは最低限整え、履きなれたスポーツシューズをひっかけて外へ出る。玄関を開けると、むわっとした夏らしい空気が全身を包み込んだ。

眼下には、目がちかちかするほどの、街の灯り。普段は意識にものぼらないが、なんとなくそれらを煩わしく感じながら、エレベーターに乗る。

 

前職の頃、職場へ通う際の利便性だけで選んだマンション。男一人が寝床として住むにはやや広すぎて、結果として今日のようなことが度々とは言わないまでも起こりがちだ。今の仕事が落ち着いたら引っ越そうと思いつつ、忙しさにかまけ、そのうえオフィスに寝泊りすることも多いせいで、先送りし続けていた。

「いい加減、考えるかなぁ……引っ越し先」

今度はできれば、こぢんまりしたところが良い。家事代行サービスになんか頼らずとも良いくらい、効率的に使えるような。どうせ、仕事と仕事の合間に帰る、単なる寝床でしかない。

 

外出ついでに、一階ロビーにあるポストを覗く。ほとんどがDMで、ため息をつきながらめくっていると、一枚のはがきがあった。」

「同窓会……? 中学のか……」

そこには、成人後十年目という節目に同窓会を行うという趣旨と、参加・不参加の返信を促す文章が書かれていた。

「ふぅん……幹事は――」

 

その名前を見た瞬間。

ぞわりとした感覚が、背筋を走って行った。

 

幹事代表には、二人の名前があった。

一人は、聞き覚えがある程度な仲の、男の名前。

そしてもう一人は――僕に悪夢の想い出を作った、女子の一人。

 

「……ッ」

途端。閉じ込めていたはずの記憶が、無理矢理頭をこじ開け、蘇ってきた――。