「好き嫌いはおありになる?」
「牡蠣だけね。前に当たってしまってから全く駄目」
尋ねられて沙耶香が答える。
「あら、私もよ。シドニーのオイスターバーでひどい目に遭ったわ」
瑞穂が楽しそうに返す。
「本当、残念。でも偶然ね」
残念そうに沙耶香が答える。
「本当に」
意味深に瑞穂が相槌を打ったとき、ワインが運ばれてくる。
「シャトー・オー・ブリオン ブラン 2017年ものでございます」
ソムリエがラベルを見せ、テイスティングの準備をしようとした時。
「それで良いわ。いつもありがとう」
瑞穂が軽く左手で制した。
ワインに詳しくない沙耶香でもかなりの高級品だと分かる。
普段なら自分では選ばない店と品。
けれどこの空間が心地よい。
今はただこの時間を楽しもうと決めた。
「じゃあ乾杯」
「再会に」
カチリ。バカラのアンクールが軽やかな音を立てた。
運ばれてきた料理はどれも美味しかった。
見た目も、爽やかなテイストもワインの風味と合う。
量も適量。
多すぎず、少なすぎない。
仔牛のローストにナイフを入れながら瑞穂が尋ねた。
「美佐恵さん、だったかしら。何か頼んだの?」
少し逡巡してから沙耶香は嵐の夜の経緯を話した。