沙耶香も親戚のマンションを留守番がわりに使っているから何とか出来ている。
「宮田さん、結婚したい?」
唐突に聞かれる。
「不躾にごめんなさい。私、そろそろかなって思っているから。宮田さんはどうなのかな、って」
美佐恵に無邪気に聞かれ、沙耶香は少し考え込む。
会社の人間に婚活について尋ねられるとは思っていなかった。
用意していないことを答えるのは、難しい。
「私もそろそろ考えています」
少し酔いが回っていたせいもあって、気がついたら答えていた。
「お相手はいらっしゃるのかしら?」
グラスを持つ指先でヴァンクリの新作が光る。
自分の収入で買える範囲のものではない。
美佐恵は恐らく、給料以上のお小遣いを両親から貰っているだろう。
それを羨むわけではないけれど。
「相手はいません。探していますけど」
「ふーん。どんな人を探しているの?」
普段なら、適当に交わすのだが今夜はつい答えてしまう。
「学歴、容姿は特にこだわりません。条件は、そうですね。年収3000万以上」
独り言のように呟く。
「夢物語ですね。そんなになくても構いませんけど」
美佐恵に笑われる前に自分で打ち消す。
「あら、ゴロゴロいるわよ?」
(親が地元で名士といわれる美佐恵なら)
「でしょうね。でもなかなかご縁がありません」
「縁はね、作るの。よかったら作ってあげましょうか?」
フォークで出されたばかりのエビのテリーヌを掬(すく)いながら、美佐恵が言う。
真意を測りかねて美佐恵を見つめる。
「警戒しないでね。ちょっと暇なの、私。仕事辞めたいんだけど、パパがあと1年はダメって言うし」
それまでの暇つぶしをしたいの、と言われると(そうなのかも)と思う。
「じゃあ、お願いします」
3杯目のグラスを飲み干しながら沙耶香は承諾していた。
「わかったわ。楽しくなりそう。乾杯」
何に乾杯するのかわからないけれど、差し出されたグラスにグラスを合わせる。
赤いワインが海面の波間のように揺れる。
澄んだ音が響いて、それが約束の鐘のように思えた。
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ドバイのパーティーに出席した際に知り合った22歳の医学生・透と時々、ひっそりと会っている瑞穂は、彼に「お見合い」することを打ち明ける。