激しい雨が打ち付けている。窓ガラスの向こうはまるで滝のようだ。
梅雨明けが近いとテレビで言っていたばかりなのに。
明かりのない夜は何か不安感と焦燥感に駆られる。
一際眩しい閃光のあと、鋭い落雷の音が響いた。
そんな喧騒とは無縁の空間で、涼やかな音が響く。
前回▶noblesse oblige vol.1~いつもの夕暮れに~
シーン1 沙耶香の場合
「お疲れさまでした」
就業時間ギリギリに来客があったため、遅くなった。
東京支社からこの本社へ配属されて3年。
予定外の業務にも慣れてきた。
老舗のコスメメーカー。
配属された営業補佐室は業務もスタッフも多様だ。
地元有力者からの縁故者も、大概はこの部署に配属される。
円滑な業務遂行には人間関係も重要。
会社にとって取引先とのパイプは営業のひとつということ。
つかず離れずの距離感が必要になる。
男性スタッフも多いが、「補佐」という役割だけに、やはり女性中心の部署だ。
それを旧態依然という人間もいるが、適材適所だと沙耶香は考えている。
「お疲れさま。今日はこれで終了です」
課を束ねるマネージャーの東郷が号令をかける。
残っていたスタッフは一様にパソコンの電源を落とし始めた。
柱の時計は9時を指している。
「明日は週末だから、ゆっくりできる」
同僚の美佐恵が更衣室へ歩く途中、ため息混じりにそう言った。
沙耶香に話しかけたというより、自分に言い聞かせるように。
「そうですね。少し休めますね」
沙耶香も答えを求められているのか分からないまま返した。
案の定、口に出ていたことに驚いたように、美佐恵は沙耶香を振り向いた。
「声に出た?ごめんなさい」ばつが悪そうに美佐恵は正面を向きながら答えた。