心の中で呟きながら、ネコを撫でる。
ルイはにゃーん、と呑気に応えた。
シーン3 静音の場合
時計がひとつ、ポーンと音を立てた。
約束の時間を告げる音だ。
「お嬢様。お見えになりました」
執事の安岡がいつものように扉の向こうから声を掛けた。
「そう。お通しして」
静音もいつもの通り、そう答えて向きを変えた。
少し古いこの屋敷の奥に外の眩しい日差しは届かない。
静音を乗せた電動車椅子の音だけが、響く。
東の窓に面した客間の両開きの扉は開け放たれている。
慣れた手つきで車椅子を操作すると、いつもの位置についた。
「こんにちは。お加減はいかがですか?」
医師の新城が、いつものように問いかける。
「特に変わりはありませんわ」
口の端を少し上げ、静音はいつもと同じ答えを返す。
(まるで壊れたレコードみたい)
そう思うのもいつものこと。
慣れすぎてもう、何も感じないのかも知れない。
それでも父以外に訪ねる者のいない静音にとっては、少しの刺激でもある。
「拝見いたします」
そう声をかけ、新城の手が静音の白い足に触れる。
元から車椅子だったわけではない。
2年ほど前、事故で足の感覚がなくなった。
医者が言うには神経系統は問題なく回復する状態らしい。
感覚がないのは心理的要因か、他の何か原因があるという診断だ。
理由はともかく、動かないものは動かない。
静音にとっては自由が効かないと言う点では以前も今も変わりはない。
寧ろ、明白な理由ができていっそ清々しいくらいだ。
こんなこと、誰に言っても理解されないだろうけど。
少しおかしな気分になって思わず笑みが溢れた。
「どうかなさいましたか?」
足をマッサージしていた新城は手を止めてこちらを見ている。