NOVEL

【錦の女】vol.8 ~交差~

「最初はな、レイラの悔しがる顔が見たかったんかもしれんけど、今は違うで。

好きやし、でも本妻になりたいなんて思わんし…勝てる気もせん」

 

リナには全く解らない、女の深層心理を聞いているような気分だ。

母は父が別宅に家族を持っている事を知っていて、妻を演じ続けた。

 

フラワーショップ【ラナンキュラス】のマスターはホスト時代に、入れ上げた女性客からの『自分を愛してくれないなら殺したい』という歪んだ愛情に屈し、錦の街から彼は消えた。

 

リナは旦那に、おままごとのような理想的な旦那で、父親である事を求め過ぎて叶わず、仮初めの幻でもいいと望み、ホストであるユウに癒され、溺れていった。

 

そのどれとも違う、達観している『情』。

 

しかし、ノンちゃんが所有しているものや豪遊しても尽きない金を目の当たりにしていると、繋がりの大部分は金のような気もしてくる。

 

「彼氏さんは、随分とお金持ちなんでしょうね」

「んん、彼もそやけど、その本妻も持っとんねん。互いに持ってるから、自由に自分の金で何しても許せる関係なんやろ。知らんけど…」

 

初めて見た時とは別人のように、優しい話し方をするノンちゃんになら何でも聞ける気がした。

 

「ノンちゃんさぁ。前に、子供がいるって言ってたけど、会いたいとか…引き取りたいとか思わないの?」

リナではなく、玲子としてノンちゃんに声を掛ける。

 

赤信号で止まったノンちゃんは、年相応の幼い表情を浮かべた。

 

「のぞみやで。ノンの本名な。

ノンな本当にアホやったから、売りしててん。そこでデキちゃった子供をな、親にバレたくなくて時間ばっか過ぎて、結局堕ろせなくなって産んでな。父親も解らんし、どうしようもなくて、子供置き去りにして…家出してん。

気にはなるよ。なるけど、そもそも親ちゃうよな。こんな奴」

「そんなことない!!」

 

リナは思わずのぞみの腕を掴むが、信号が青に変わって慌ててその手を離した。

 

―子供を産んだら、親なのか?―

 

という究極の議論をするつもりはないが、玲子も自分の今の環境について話し始めた。

ホストに溺れて裕也を身ごもり、そのせいで離婚したが、裕也を産んだ事。

家族を裏切った母親を許し、支えてくれる奈緒がいる事。

 

のぞみは、黙ったまま玲子の話を聞き続けた。

 

夜に惑わされている女ではなく、一人の女性として人生の先輩である玲子の話に耳を傾けているように見える。

 

「リナっちはやっぱり、凄いなぁ。ノンの観察眼も捨てたもんちゃうな」

 

そう言いながら瞳を曇らせたのぞみが、玲子には可愛く思えた。