そして、それから一か月後。
「加奈恵、春樹。気を付けてね。もしまた何かあったら、いつでも戻ってきなさいね」
「親を頼るくらい、いくらでもしろよ」
母親と父親が玄関先まで見送ってくれ、加奈恵は春樹を連れて二人で実家から出て、引っ越しをすることになった。
「うん、ありがとう、お父さん、お母さん」
「おじいちゃん、おばあちゃん。その……お世話になりました」
礼儀正しく頭を下げる春樹を連れて、加奈恵は何度も手を振った。
「ええと、どこだったかしら」
「こっちだよ。何度か乗り換えなきゃいけないんだ。まずは市営東山線だね」
「何番線?」
「高畑行だから、2番線だね」
「あら、頼もしいわね。もう、私よりしっかりしてるみたい」
加奈恵を先導する春樹は、やめてくれよ、と、照れと呆れが入り混じったような声を上げた。
「ん」
と、先を行っていた春樹が立ち止まって、加奈恵の方に手を差し出している。
「荷物、持つよ」
「大丈夫よ、これくらい。春樹にばかり持たせられないわ」
加奈恵はそう言って、朗らかに笑った。春樹も微笑んでいる。
……今でも勿論、しょっちゅう裕司のことを思う。けれど、彼とはもう違う人生を歩むことに決めたのだ。彼が今は私たちのことをどう思っていようが、彼がこれから先何を考えてどんな選択をしようが、それはもう既に私には関係の無いことだ。
呪縛から解き放たれて、前を向いて生きて行こう。大事な息子と共に。
加奈恵はそう思うと、春樹の隣に立って歩き出した。
END
はじめから読む▶妻のトリセツ Vol.1 『理想の彼女』の押し付け