NOVEL

妻のトリセツ vol.10 ~二人で共に~

「さ、片付けたらゆっくりなさい。いくらでもゆっくりしていいのよ。なんせこの家は加奈恵の味方ばっかりなんだからね」

 

加奈恵は涙がこぼれそうになるのをこらえ、ただ、「ありがとう」とだけ小さく呟いた。

 

***

 

「ただいま。……あれ? おじいちゃんとおばあちゃんは?」

「今日は二人で出かけるんだって。映画を観るって言ってた。最近ばたばたしてたから、たまには二人で遊んで来たらって、私が勧めたの」

「ふうん」

 

学校から帰ってきた春樹は、それを聞いて珍しそうにしていた。

 

「そうか。……二人で、遊びにね」

 

春樹が小さく呟いて、鞄を置いた。台所の方に向かい、冷蔵庫を開ける。お腹が空いているのだろう。

 

「……私と、お父さんは、あまり一緒に遊びに行かなかったわね。春樹、あなたも連れて行ったりとか、あまりしなかったから……」

 

加奈恵はそう呟きながら自嘲するような笑みを浮かべた。春樹は恐らく、夫婦が一緒に遊びに行くと言うことが珍しく感じたのだろう。加奈恵と裕司は、あまりそういった姿を見せてこなかった。当然、春樹も幼い頃から遊びになど連れ出さなかった。

 

「寂しい思いをさせてきたわね」

「いいよ」

 

春樹はそう返したが、本音ではどう思っているか分からない。しかし、春樹は次にこう呟いた。

 

「あのね、桃木のことだけど……。その、言いづらいんだけど……」

「なに? 桃木さんに何かあったの?」

「あ、いや、そんな大したことがあった訳じゃなくて。その、えっと……。付き合うことになったから」

「そうなの!? あら、良かったじゃない!」

「別に……」

 

加奈恵が大げさに喜ぶと、春樹は照れているらしく、顔を背けて、冷蔵庫から出したペットボトルのジュースをぐいっと一気飲みした。

 

「ただ、お母さんが桃木のこと心配してるみたいだったから。大丈夫、縁切ったりなんかしてないよ」

「そう……。本当に良かったわ」

 

春樹が裕司に言われたことで逆らったのは初めてだ。良かった。この子はちゃんと、正しいことを自分で選択出来る。

春樹は変わりつつある。そして、きっと、自分も。加奈恵はそう思った。

 

きっと、二人ともいい方向に向かっているのだ。

 

***