NOVEL

Insomnia Memories vol.6~最愛の家族と突然の別れ、受け継いだ新しい命。その時、彼女は?そして彼は…?~

章魚 照文(あやな てるふみ)、照にい。

たった一人の私の兄、だった。

父と母は共働きだったのでいつも私の面倒を見てくれたのは、照にいだった。

 


前回: Insomnia Memories vol.5~眠れない夜、仕事部屋へ呼ばれた彼女。寝室で彼にそっと添い寝するが、衝撃の姿に彼女はただ涙する。そしてこの物語の全ての秘密が明らかになってゆく…~

はじめから読む:Insomnia Memories vol.1~ダンサー志望の家出娘、ひょんなことから家から追い出されて辿り着いた真夜中の公園、一人踊る彼女の前に現れた謎の男とは?~

 

10歳ほど年が離れていたのも相まって、私は大のお兄ちゃん子だった。今で言うならブラザーコンプレックスっていうのかな?

優しくて、我儘な私を嗜(たしな)めて、そしてとっても勉強ができて運動神経も良くて。家族で見に行った学園祭で踊っていた照にいを見て「私もダンスしたい!」ってはしゃいでいたっけ?

兄は小さい頃からジャズダンスやブレイクダンスを習っていて、ダンススクールのコンテストにも選ばれるほどの実力があった。

「そっか、蘭も踊ってみたらしいよ、楽しいから。分からないところは俺が教えるから」

と頭を優しく撫でてくれた。

兄は夢を叶えるためにダンスの道を諦め、大学へ進学したが、私は兄が通っていたダンススクールへ入学した。照にいみたいになりたくって、妹だからって後ろ指されないように、必死にみんなにしがみついていた。足に豆ができて、身体中が悲鳴をあげるぐらい痛くて、先生にも何度も怒鳴られたけど…楽しかったな。

 

 

両親は私の頭の出来が良くなかったのでダンスじゃなく、塾とか行かせたかったみたいだけど、そこは照にいが間に入ってくれた。

時々、真夜中の公園で照にいとダンスレッスン。私が汗だくで踊るダンスをじーっと見て、ここはこうだよなんて教えてくれる、秘密のレッスン。

幸せで、嬉しくて。

照にいの夢は、法医学医の道に進むことだった。両親の期待は大きく大学卒業後、医学部へ進む息子はさぞや自慢だっただろう。

私のダンスコンテスト当日、ちょうど照にいは医学部の試験に向かう日だった。

「照にいにも見てもらいたかったな、少しだけセンターで踊れるとこあったのに…」

不貞腐れる私の頭に大きな手のひらを乗せると、照にいは

「蘭のダンスはとっても人の心を震わせるんだから、誰に何を言われても踊り続けて欲しい」

ゆっくりとそう告げた。

「分かった!照にいも試験早く終わったら来てね!」

「タクシーぶっ飛ばしていってやるよ!」

「約束ね!」

右手でハイタッチして、兄は玄関から出ていった。外は眩しい青空が広がっていた。

 

まさか、それが最後になるなんて、思いもしなかった。

 

夜、ダンスコンテストに兄は来なかった。やっぱり忙しかったのかな?なんて私は荷物を後片付けしながら口を尖らせる。

すると不意にスマホが激しく控え室で鳴り響いた。他のメンバーの視線が一気に集まる。

私はバツが悪そうに、スマホを持つと部屋を出て廊下で通話ボタンを押した。

「蘭、照文がタクシーで交通事故に巻き込まれて…意識不明みたいで…とりあえず今から伝える病院に急いで来て、早くよ…!」

私は膝がすっかり震えて頭が真っ白になりながらも、うわ言の様に病院を復唱しながら控室へ走り込んだ。

「蘭…顔色が真っ青、大丈夫?」

「すいません!家族が事故にあったようなので、先に失礼します!」

取りこぼした荷物もあったと思うが、私は鞄をひっつかむと凄い勢いで走り出した。道路に向かうと走っていたタクシーを捕まえて病院を叫ぶ様に伝えた。運転手は私の顔色を見て状況を察したのか、車を急発進する。

 

どうか、無事でいて…生きてるよね、今朝、会ったもんね。