NOVEL

Insomnia Memories vol.7~法医学医を目指していた兄を亡くした妹、その心臓で生き長らえた青年、真実を知った彼らは…?~

前回: Insomnia Memories vol.6~最愛の家族と突然の別れ、受け継いだ新しい命。その時、彼女は?そして彼は…?~

はじめから読む:Insomnia Memories vol.1~ダンサー志望の家出娘、ひょんなことから家から追い出されて辿り着いた真夜中の公園、一人踊る彼女の前に現れた謎の男とは?~

 

 

病院の地下。「霊安室」と書かれた部屋、一本の線香の煙が立ち上っている。

顔に真っ白な布が掛けられた手術着の照にい、脳だけにダメージを負ったと聞いていたので身体はどこもちぎれたりすることなく、ただ頭に大きな陥没みたいな傷が少しだけ見えた。パパは見るな、と私を止めた。

私は思わず照にいにすがりつく。涙がとめどなく溢れる。私を認めてくれたのは貴方だけだった。思わず掴んだ手術着が少し捲れる。その時目に入ってしまった。

新しく胸に刻まれたIの大きな傷跡。それは数時間前、心臓を誰かに移植するために開かれたものだった。

照にい、心臓取っちゃだめじゃん。心臓ってなくなったら死んじゃうんだよ、そんなのお医者さんになるんだから知ってたよね。どんな姿でも私、照にいに生きてほしかったよ…!

「本当に心臓を取ったんだね」

私は思わず鼻をすすりながら呟いた。

「そうだな、もう照文は…死んだんだ」

パパの乾いた声、私はその声を一生忘れない。

 

その日のうちに、病院から遺体を引き取り家族でしめやかに兄の葬儀を終わらせた。

 

 

骨壷を章魚家の墓に入れるその日は雨だった。冷たくて、ふっと真夜中の公園でいつの日だったか、ずぶ濡れでダンスしていた照にいを思い出した。

一人暮らしはしていたが、実家によく来ていた兄がいなくなったことで家の中の雰囲気はまるで変わってしまった。パパとママと私は何も言葉を交わさなくなった。

私は一切、踊れなくなった。あれから一度もダンススクールにも通っていない。

ずっと部屋から出ない引きこもり生活になった。現実がとても受け止められなかったんだ。

 

葬儀を終えて49日が過ぎた頃、家の前に立派な外車が止まった。中からとある夫婦が神妙な顔をして出てきた。ローン30年の一軒家のイヤホンが押される。中からママが対応する。

リビングへ通すと、初老の男女はまず土下座をした。何事かと私も階段を久々に降りて会話をそっと聞いていた。

「いきなり…なんですか?とりあえず頭を上げてください」

戸惑うパパの声

「いいえ、私は浜名透と申します。こちらは妻の美穂子。御子息の照文さんのドナー提供で命を救ってもらった息子の親でございます…!」

その言葉を聞いたパパとママの顔色が変わった。普通はドナー提供した人々の情報は開示されない。しかし同日、同じ病院に運び込まれ、見事に臓器が適合したパターンは多くはない。しかもあの日、私たちは出会っている。

そこからこの両親は我が家を調べ、ここに至ったのではないかと思う。

階段途中にそっと座り込んで、私は膝を抱えた。

 

「息子はあれから特に感染症もなく、体調も無事に戻っております。生まれつきずっと重い心臓病で苦しんでおりました。今回のことは本当に何度お礼を申し上げても、言い足りないくらいでございます!」

明らかに困惑するパパの顔、ママはそっと照にいの遺影がある仏間の襖を閉めた。

浜名は顔を上げると、胸元からすっと一枚の紙を取り出した。

そして素朴なテーブルに置いた。

「私たちは息子の命を助けるためならどんなことでも行ってきました。これからどうなるか分かりませんが、今の私たちにできる全てのことです。御子息の命にとって、これは腹ただしいと思われるかもしれませんが、受け取ってくださると大変有難いです」

机に置かれた紙は小切手で、パパは見たことのない額に目を大きく見開いた。

「私は会社を経営しております。しかしこれを機に子会社を売却、縮小し少しでもお心添えという形でお持ちいたしました」

「…こんなことをしてほしくて、したわけじゃない…」

ママの消え入りそうな声。

「こうしないと…我々も生きてはいけません。照文さんの命を大切に紡いで参ります。本当に…ありがとうございました」

そういうと、早々に2人は車に乗り去っていった。

 

残された私たち、震える手でパパは小切手を掴む、そのまま思わず怖い顔になる、そのまま破ろうと指に力を入れた、でもそれを止めたのはママだった。ママは…泣いていた。

そっと襖を開く、線香の香りがまだ残る照にいの遺影、パパはえずくように涙を流しながらその小切手を墓前に置く。見たことない億単位の金額。

「照文、お前の心臓が誰かの中で生きているんだよな、それで…いいんだよな」

私は思わず階段を登って行き、自室のベットに飛び込んだ、そして思い切り息を殺して泣いた。