NOVEL

Insomnia Memories vol.7~法医学医を目指していた兄を亡くした妹、その心臓で生き長らえた青年、真実を知った彼らは…?~

 

浜名夫妻が置いていった「お土産」は、章魚家の運命を大きく変えた。

父は働いていた会社を辞め、不動産業に手を出したのだ。母もずっと夢だったブティックをオープンさせた。海外のハイブランドを取り揃えマダムたちにも好評のようだ。

事業は成功し、私たちは成金だが名古屋で成功したセレブの一員となった。

家も高層マンションに引っ越して、私たちは豊かになった。それもこれもあの一枚の小切手のおかげだ。

あれから浜名夫妻とは一度も会っていない。連絡先も教えてくれなかったし、私たちも聞こうとはしなかったから。

 

私はというと、またダンスをはじめた。でも以前通っていたダンススクールではなくプロが通うスクールでジャズダンスとコンテンポラリーダンスを中心に習い始めたのだった。

コンテンポラリーは心にある感情を意のままに表現しなくてはいけない。それは人間というものでもなく、音楽でもなく、自分が試されるダンスだ。嘘はつけない。

そこを好きになった。

 

両親は不在がちになり、私は家で独りぼっちで過ごすことが多くなった。顔を合わせても喧嘩ばかり。だから両親から預かっていたクレジットカードを手に、荷物をまとめスーツケースと一緒に家を飛び出した。

 

 

それからは酷かった。クレジットカードを極力使いたくなくて昼はレッスン、夜はネットカフェ、カプセルホテル、サウナ、どうしても我慢できなくなった時だけホテルを使った。

でも一つだけあの夜から変わらないことがあった。

それは”眠れなくなったこと”

私はすっかり、インソムニア体質になっていた。

 

「今日、家に来る?」なんて誘う私の立場を知る男たちから声を掛けられる。甘い誘惑に私は笑顔で乗ると彼らの家で一晩過ごす。当然の如く彼らは私の身体を求めた。

「愛してる、可愛い、たまんない」

そう耳元で囁かれて、身体は正直だから濡れるし感じる。

でも言葉は空っぽで、私は宿を求めるためにジプシーのように歩き回った。

いつしかダンサー仲間の間で「泊まらせればヤらせてくれる女」という肩書きになっていた。

一番、自分がどうなってもいい時期だった。

 

心がぐちゃぐちゃになった時は真夜中の公園に行って裸足で踊る。

曲は照にいが大好きだったドビュッシーの「月の光」。

時々、噴水がぱあっと水飛沫を上げて、私は水になった気持ちでただ踊っていた。

「照にい…」

でも、偉いねと褒めてくれる人はこの世にはもういない。

 

 

夜、久々に自宅に帰宅した私は、章魚家の両親と静かに向き合っていた。

一冊の詩集を使い込んだルイヴィトンの鞄から取り出す。

『四角の窓から見える風景 山茶花アユム』

それを見たパパの眉が少しだけ動いた。

「久々に帰ってきたと思ったら…なんだ、それは」

「パパ、正直に答えて」

言葉を被せるように私はパパを問い詰めた。

 

 

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Insomnia Memories vol.8

“心臓”が繋ぐ二つの家族、そしてヒロインが亡き兄の遺した手紙で見つけた言葉とは?