NOVEL

Insomnia Memories vol.5~眠れない夜、仕事部屋へ呼ばれた彼女。寝室で彼にそっと添い寝するが、衝撃の姿に彼女はただ涙する。そしてこの物語の全ての秘密が明らかになってゆく…~

「大丈夫?」

濡れ髪でバスローブを着たアユムが私を覗き込むように素直に呟いた。

「あ、うん、大丈夫」「そう、あ、そうだ」

アユムはすっと二箇所を指さしてこう呟いた。

 


前回: Insomnia Memories vol.4~再会の夜、なぜ踊るの?その問いに彼女は戸惑う。突然のどしゃぶりの雨。そこでハイスペの彼は意を決して彼女をとある場所へ連れてゆく~

はじめから読む:Insomnia Memories vol.1~ダンサー志望の家出娘、ひょんなことから家から追い出されて辿り着いた真夜中の公園、一人踊る彼女の前に現れた謎の男とは?~

 

 

「蘭はベッドで寝たい?それともソファーがいい?」

突然の問いに、思わず私は彼の顔を凝視してしまった。

「さあ、寝室に行こう」

と言われると思っていた私にとっては驚きだったのだ。いやいや、眠らせてあとで襲うってこともあるかもしれない、と思って、私は“ソファーで”ととりあえず答えた。

「分かった、じゃ、俺はちょっと寝室に行ってる」

というと本当に寝室へあっさりと行ってしまった。私はとりあえず飲み終えたカフェオレを台所のシンクに置き、ソファーに行く。ソファーは既にベッドスタイルに変形されており毛布も添えられてあった。

「普通にホテルじゃん」

まだ明かりが漏れている寝室の扉が少しだけ開いているのに気づいた私は、本当に彼がいるのか確認する。彼は大きなベッドに横になり難しそうな英書を読んでいた。

 

 

ほうとため息をつくと私もソファーに横になる、といっても私たちは「インソムニア」だ。そうそう眠れない。刻々と過ぎていく時間を待つだけの存在だ。

 

夜中1時、水を飲むため台所へ行こうと寝室の横を通り過ぎた私は、彼がふっと眠りこけているのに気づいた。

「…寝てるじゃん」

あーあ、今夜は冷えるのに羽布団も掛けずに。

と、私はふっと扉をすり抜けて彼に布団をそっと掛けてやる。

その時の感情を私も上手く表現できない、ただ彼の寝顔を見たいと思ってしまった。

大きなベッドで子供のようにうずくまる彼に触れないように、そっとベッドに忍び込む。髪の毛が長いのでいつも素顔は見えないけれど、とても子供っぽい無防備な寝顔をしていた。

青白く見えていた肌も男性の身体らしく骨格もしっかりしていて、手も細くて綺麗。

でも…でも、私の目線がとある場所で止まった。

 

まるで時が止まったかのように、まるで戻ったかのように。

 

バスローブから大きく見える胸元、そこには古い傷跡が英字のIのように大きく痕を残していた。

 

私は、その傷跡を知っている。

 

悲鳴のような声をあげないように必死に両手で口を抑えた。感情が一気に心に溢れ出し、視線がボヤける。あっという間に熱い涙が次々に溢れ出した。

震える手でそっと、優しく痕に触れる。そっと目を瞑るとそっと唇を寄せた。ゆっくりと、それは性行為を誘うようなものではなくて、私は愛でたかったんだ。どうしようもなく。

その時、布が擦れる音がして彼が目を覚ましたことに気づいた。彼は驚くだろう、なんでここに私がいるのか、そして目を真っ赤に腫らして泣いているのか、胸の傷痕に触れ唇を寄せているのか、苦しそうな顔なのか。

こんな顔、誰にも見せたことない。

すると彼はどこかふっと表情を緩ませ、私の頭をそっと抱き寄せゆっくり撫でてくれた。

私も戸惑いながらも彼の背中に手を回す。

仄かな明かりの中で、ベッドの中で言葉もなく私たちは抱き合った。

彼はそれ以上私の身体に触れなかったし、私も声を上げて泣きながらで彼を強く抱きしめた。

そしていつしか私たちは眠っていた、そのまま。

 

不眠症で夜を恐れ、眠れない夜をいくつも乗り越えてきた私たち。心が平穏のまま、ぐっすりと眠れた久しぶりの夜になった。