あれからいくつもオーディションを受けて、ダンスレッスンも分刻みで入れて、真夜中も公園で踊って。
だけど、だけど、やっぱりダメで。
前回: Insomnia Memories vol.3~実はセレブ嬢のヒロインと、ITハイスペ社長の夜眠れない理由とは?~
はじめから読む:Insomnia Memories vol.1~ダンサー志望の家出娘、ひょんなことから家から追い出されて辿り着いた真夜中の公園、一人踊る彼女の前に現れた謎の男とは?~
私はダンスの神様に縁がないんじゃないかと、落ち込む真夜中2時。
いつもの久屋大通公園の噴水前にやってきた。スマホを取り出し課題曲を鳴らす。軽くストレッチし、気分を落ち着け目を瞑る。
そしてまた私は私でなくなる。風となり雲となり星となる。決して太陽にはなれないけど、月にはなれる。
一曲終えて水を飲もうと荷物のもとへ行こうとすると
「久しぶり、蘭さん」
と声がした。久しぶりに見かける自称詩人の山茶花アユムだった。
「びっ…くりしたぁ、いたんなら声かけてよね」
タオルで身体を拭いながら、思わず憎まれ口を叩いた。
「ごめんごめん、凄い集中力で踊ってたからさ」
相変わらず、謎が多くて底が見えない人だと思いながらも
「どうだった?ダンス見て」
「うーん…」
「やっぱダメだったかな?素直に言ってほしい、他人のよしみで」
私の心の不安がそう言わせたのか、思わず口に出てしまう。
すると山茶花は左手を少しだけ顎にあてて考え込む。静かな時間が私たちの間を通り抜けていく。
「なんていうか、綺麗なんだけど…」
「うん」
「迷いが凄く見える」
迷い…思わずどきりとする。踊りは内面がとても浮き彫りになる、だから嘘がつけない。特にコンテンポラリーでは。技術はもちろん感情で踊るものだから。
「ねえ、君はなぜこの踊りをしようと思ったの?ぼくが見た中では表現力が一番試されるジャンルだと思ったんだけど」
不意に空からぽつ、ぽつと大粒の雨が降ってきた。次第に雨の香りが公園に充満しどしゃぶりの雨に変わる。
「わーっ!今夜、雨なんて聞いてない!」
「えっ?雨の香りさっきからずっとしてたよ」
「気づいてたのなら、言ってよー!!!」
蘭は荷物を持つと、大きな木の下にアユムの手を引いて走った。
葉に打ちつける水の音、はー濡れちゃった、スマホは大丈夫かな?
なんて真っ暗な闇の中で蘭の能天気な声だけが響く。
アユムは降り注ぐ雨を見つめながら、そっと蘭の手を取った。
彼女の手はとても冷たい。
「…家じゃないけど、良かったら家に来る?濡れたら風邪ひくし」
ドキリと蘭はしたが、うん…と小さく返事をした。
二人は公園を走り抜け、通りかかったタクシーを捕まえる。
アユムは慣れたように、とある場所を告げると車は緩やかに走り出した。